まず、全音音階について。これに関してはWikipediaの当該ページを見た方が早いですが、早い話が「全ての構成音が長2度の等間隔で並んでいる音階」です。一応、「ド」を主音とする全音音階の楽譜を下に添付します。
で、長音階や短音階で和音を作る時と同様に「ド・ミ・ソ…」と言う感じで音を積み上げていくと以下の様になります。
さらに整然とした形になりました。コードネームで言うと「C aug7(9,♯11)」となるでしょうか。
この和音の特徴として、構成音をどのように配置しても各構成音の間に半音の音程や短3度の音程が生じない事が挙げられます。勿論、このような短3度音程を生じない和音がすべて全音音階に基づく和音と言う訳ではありませんが(例えば、「Ⅰ」の第5音上方変位など)。
で、もっと単純にこの和音の見分け方を言うと、和音の構成音を一オクターブ内に並べて鍵盤上で見た場合、構成音の全てが以下の
のどちらかに必ず収まります(当然と言えば当然ですけど…)。構成音を省略している場合もコレに準じます。
以下、この和音を『全音音階和音』と呼びます。
上記を踏まえてガスパールの所で触れた箇所を再び見てみます。
少しゴチャゴチャしてるので上記の近辺の和音を単純にまとめてみると、
となります(言うまでもありませんが、真ん中が全音音階和音)。この全音音階和音は最初に示した物と同じく「ド」を根音とした全音音階和音ですが、コチラの場合は構成音の多少の省略が見られる他に、「ソ#」ではなく「ラ♭」になっています。なお、この和音の「ファ♯」を「ソ♭」と読み替えて、『ナポリの6』の和音への副Ⅴ7(第5音上方変位)の一転と看做したりも出来なくはないでしょうが、全音音階和音と捉えた方が自然でしょう。
前後の流れを見ると、ここでは「Ⅰ(ド・ミ・ソ)」の和音が揺れた結果出来た偶成和音(刺繍和音)として全音音階和音が使用されていると解釈できます。
では、他の曲での全音音階和音の使用例も少し見てみます。下に添付した楽譜は「水の戯れ」の3小節目=この辺りですが、
ホ長調の「Ⅳ7(AM7)」の次に全音音階和音が配置されていますが、ココでは「Ⅳ7」に対する「副Ⅴ9(第5音上方変位)」として使用されています。
ついでにもう一つ。
もしかすると覚えている方もいらっしゃるかも知れませんが、かなり昔にミシェル・ベロフがNHK教育の「スーパーピアノレッスン」で「水の戯れ」をレクチャーしていた際に、4小節目の右手パートの最後から3つ目の「レ」について、
次の様に発言をしています。
「ラヴェルの和声は時計のように正確ですが、このレにシャープが抜けています。」
「楽譜どおりでもよいのですが…、和声進行から言うとこれはレのシャープです。」
この箇所についての発言はそれのみだったので、当時は「おいおい、何でそう言えるのか具体的に説明してくれよ」と思ったものですが、その理由にこそ全音音階和音が関係しています。
では、コレまでと同じ様に当該小節の4拍目以降この0:12辺り~の和声を単純にまとめてみます。なお、楽譜通りのホ長調の調号では読みづらいので、調号をハ長調に変更した他、三番目の和音の構成音を読み替えてスッキリとした形にした和音も併記してみました。
ココまで来るとピンと来る方もいらっしゃると思いますが、最後の和音(元の楽譜で言うと4拍目ウラの和音)以外は全て全音音階和音ですよね。で、最後の和音が全音音階和音ではない理由が「レ♮」であり、ココを「レ♯」にするとこの一連の4つの和音全てが全音音階和音で統一されると言うわけです。
そもそも、この箇所は元の楽譜のバスの進行を見れば分かるように、「シ♭→ソ♮→ミ♮→ド♯」と言う風に短三度下へシステマチックに進行しています。
つまり、ラヴェルが他の和音でもやっているような「同種の和音を規則的な間隔で平行移動させる」と言う手法を、ココでは全音音階和音で行っている(行おうとしたであろう)と考えられます。
しかし、実際は当該の「レ」に「♯」が付いていないために最後の和音だけ仲間外れになるので、ベロフは「おそらく「♯」の付け忘れであろう」と考えた訳です(だと思われます)。
個人的にはベロフの案に賛成で、ココは「レ♯」で弾く方が良いと考えます。
で、「水の戯れ」について書いたついでにペトルーシュカ和音についても書こうかと思ったんですが、少し記事が長くなりすぎたので近日中にあらためて書きたいと思います。