2014年9月30日火曜日

雑記・その14 【ユニークなピアニスト、リシッツァについてのお話等など】

 気が付けば一年ほど新規の投稿をしていなかったので、とりあえず、話のネタになりそうな小ネタや今後の投稿予定などを少々。


では、まず今回のタイトルに書いたリシッツァに関する小ネタから。


 このブログを御覧の皆さんならリシッツァ(Lisitsa)の事は御存知だと思いますが、彼女が自らYoutubeへ投稿した自身の演奏動画が反響を呼び、老舗レコード会社のデッカと契約を結んだユニークな経歴のピアニストと言う事ですが、そんな経歴以上にユニークなのがその演奏動画の内容です。

 何がユニークなのかと言えば、いわゆる「ピアノの難曲」をレパートリーにしている割りに難所が弾けていないと言う根本的な事柄はとりあえず置いておいて、最も特筆すべきは、難所や目立たない箇所などで音を省略したり改変して演奏することでしょう。



と言うわけで、ここからはそのユニークな彼女の演奏を少しチェックしてみます。




例えば、ショパンの練習曲・作品25-6を見てみると、
まずは重音による最初の上行フレーズの最後辺りで下側の声部が4音くらい鳴ってなかったり、序盤の見せ場である0:15辺りや0:19辺りからの3度重音による順次下降フレーズを弾き切れていない(重音になっていない)事などはまだ序の口で、この様な細部の粗雑な処理は曲中の他の箇所はもちろんの事、他の曲の演奏動画でも掃いて捨てるほど見受けられます。



 次に、同じくショパンの練習曲・作品25-8(6度重音の練習曲)の場合、
冒頭から「6度重音」ではなく「6度の和音連打」として弾いている時点で既に出オチ状態なのは御愛嬌として、中間部の終結部分(=0:29辺り)から両手ともに6度重音で下降するフレーズの最後、 楽譜で言うとこの辺りですが、
 この下降フレーズは御覧の通りに次のセクションである主部(=0:33)へ戻るまでの間、左右揃って弾き始めてからどちらのパートにも休符はありません。しかし、リシッツァは下降の途中(=0:32辺り)でサッサと左手の演奏を切り上げて次のフレーズを弾く準備をしています。
 
 
 もちろん、この手の事もこの曲に限らず他の演奏動画のあちこちで見受けられる事で、いちいち事細かに指摘するとキリがありません(いや、ホントに)。



  ただ、上記で指摘した事は物凄く甘い見方をすれば「うっかりミス」とか「不可抗力でそうなってしまった」と言えなくもないかもしれませんし、前述の作品25-6における重音の音抜けなどは慣れないと案外気付きにくいかもしれません(よく見ると当該箇所で鍵盤を押えていないのが目視で確認できるんですけど、テンポが速いので少々チェックしにくいかもしれません)。



と言う訳で、次は誰がどう見ても

「この人、マトモに弾く気が全然ないでしょ」
 って事がアカラサマに分かる(と思う)例を少し挙げてみます。



 まずはベートーヴェンのピアノソナタ・第29番、いわゆる「ハンマークラヴィーア」の第4楽章のフーガを見て下さい。
説明不要の難曲ですが、リシッツァはこの曲でもあちこちで省略などをしているのが確認できます。その中でも最も視覚的にチェックし易い箇所は中間辺りのキメの部分だと思いますが、今回はリシッツァの当該箇所をチェックする前にまずはその部分を他の奏者が楽譜に基づいて弾いている演奏をお聴き下さい。
 そして次に当該箇所の楽譜を御覧下さい。
楽譜に赤と青で印を付けたとおり左右両パートにトリルを絡めた非常に派手なフレーズですが、先に貼ったリンク音源や、他の色んな奏者の録音を聴けばわかるように滑らかでリズミックな演奏をするのは困難な箇所です。

     では、以上の事を踏まえつつ、左手パートのトリルに注目しながらリシッツァの当該部分(=5:14~)を御覧下さい。埋め込み動画をクリックすると当該箇所から再生します。

       





さて、次も難曲として有名なラヴェルの「夜のガスパール」よりスカルボですが、
リシッツァは相変わらずこの曲でもあちこちで音の省略や改変が行っていますが、その中でも最も視認しやすいであろう箇所を、先程と同じくまずは他の奏者による動画と、下に添付した楽譜で確認して下さい。
御覧の通り、左右の手を入れ替えながら下降して行った直後に両手揃って急速な上行を開始してからはフレーズ終了までどちらの手も休む暇がありません。


 では再び、上記の事を踏まえつつリシッツァの当該箇所(2:48~)を御覧下さい。
       



 ここまでリシッツァのユニークな演奏をサラッと見てきましたが、もしかすると「こんなのは詐欺と同じだ」と言う人も中にはいるかもしれません。 しかし、別にリシッツァの肩を持つ訳ではありませんが、「ピアニストは楽譜通り弾くのが当然だ」と思うのは聴き手の勝手な思い込みだと言う見方だって出来なくもないですし(さすがに無理?)、先に挙げたように、リシッツァは御丁寧にもキチンと弾いていない場面を動画でワザワザ見せ付けてすらいます。
 個人的には「演奏シーン無しの音声のみだったら気付かないかもしれないのに」とは思うんですが、この辺もリシッツァのユニークなところと言えるかもしれません(バレない自信があるのか、または、バレてないかどうかを確認するためにYoutubeへUPしているのかも知りませんけど)。

 このブログで以前書いた気もしますが、細かい所は度外視して目立つ所をそれなりに弾いた上でインテンポを維持してさえいれば『弾けている』と認識する傾向を私は「インテンポ信仰」と勝手に呼んでいるんですが、リシッツァの動画に対する高評価の多さやネット等での絶賛意見の多さ(「テクニックだけは凄い」などの意見も含む)を見ると、その手の傾向の人は予想以上に多いようです。
 実を言うと、このブログでリシッツァを取り上げるつもりはなかったんですが、「リシッツァの演奏と普通の演奏を比較しながら聴く事によって、細かい箇所をチェックする良いキッカケになるのでは」と言う余計なお世話な思いから今回の記事を書いた次第であります。

 先ほど述べたとおり、上記以外の曲でも彼女は色々と面白い事をやらかしてくれてるので、他の奏者の演奏と比較したり楽譜を見たりしつつ、間違い探しみたいなノリで細かくチェックしてみると結構面白いと思います。



  で、余計なお世話ついでと言ってはなんですが、「音を省略していようが何しようがリシッツァの演奏が大好き」と言う熱心な信者、ではなくファンの方達は別として、特に技巧好きを自認する方ピアノ学習者の皆さん、またピアノと関わりのある職業の方達におかれましては、

「リシッツァは素晴らしいピアニスト!」とか「世界一の超絶技巧の持ち主!」

みたいな事を不用意にネットなどで発言するのは出来る限り控えた方が良いと思います(ほんとに余計なお世話ですけど)。



以上、ヴァレテネーナ、いや、ヴァレテルーヨ・リシッツァに関するお話でした。



 で、今後の当ブログの予定について。 一年ほど前に同じ様な事を書きましたが、今年の年末までにはスクリャービンならびにプロコフィエフのピアノソナタ全集の寸評付き紹介を書こうと予定しております(ただ、寸評とは言っても結構時間が掛かりそうなので、とりあえず今回のリシッツァの小ネタを書いたって理由もあったりなかったり)。

出来るだけ早く仕上げられれば良いんですけど。

2013年10月28日月曜日

雑記・その13 【ペライアBOXの不良品取替えの件等など】

 かなり前にこのブログでも紹介したペライアの巨大BOXですが、ベートーヴェンのピアノソナタ第11番(CD16)の第一楽章の冒頭に欠落があるのと(聴き流していたせいか気付きませんでした・・・)、シューマンのピアノ協奏曲などが収録されているCD52の音声データが左右逆に収録されるミスがあるとの事で、日本国内で購入した人はソニーにCDを着払いで返送すれば良品と交換する措置をとるそうです。
 期限が2014年2月末日とか送る際にはCDその物のみを送って紙ジャケは手元に置いておくなどの条件等があるようですので、詳しくはソニーのこのページを御覧下さい。




 話は変わって、最近もピアノ曲マニアにとって興味深いCDが次々と登場しています。

 まずは何と言っても「リゴレット・パラフレーズ」や「ドン・ジョヴァンニの回想」が収録されているロルティのリスト・オペラ編曲集。なぜこの時期にリスト作品の中でも屈指の難曲として名高い「ドン・ジョヴァンニの回想」を録音しようと思ったのか疑問は残りますが(基本的には指が回ってナンボの技巧をひけらかす曲ですから)、単純に現時点でのロルティのメカニックがどれ程なのかをある程度うかがい知る事が出来る選曲と言う点では非常に楽しみです(加齢による技巧の低下を心配する方もいるかもしれませんが、大昔の奏者に比べると最近の奏者のソレはかなりマシな場合が多い気がしますが)。

 また、ヴェネツィア・レーベルから発売されたペトロフの演奏をまとめた13枚組のかなり大きなBOXも発売される予定で、内容は以前紹介したこのBOXに含まれる録音の他にプロコフィエフのピアノソナタ全集なども含まれる盛りだくさんの内容となっているようです。

 他にもパッと思いつくものだけでもルガンスキーのグリーグ・P協奏曲&プロコフィエフ・P協奏曲第3番や、ユジャ・ワンのライヴ録音によるラフマニノフ・ピアノ協奏曲第3番&プロコフィエフ・ピアノ協奏曲第2番、エル=バシャの2回目となるベートーヴェン・ピアノソナタ全集、アムランのブゾーニ・後期ピアノ作品集などがあります。

 で、私が現時点で聴いたのはユジャ・ワンの新譜のみですが、それについて少し感想を。

 彼女が得意(そう)な小回りが要求される高速の単音中心のパッセージ、例えばラフマニノフなら第2楽章のこの辺りから続く急速な細かいパッセージなどはライヴ録音ながらもかなりビシッと決まっていますが(拍のアタマに強めのアクセントを付けて他はチョコチョコと若干不明瞭に弾くいつもの癖は見られますけど)、分厚い和音、特に素早い和音連打の際は(ラフマニノフなら例えばこの辺りからとか)、かなりの強打はしているもののテンポの速さも相まって和音のキャッチが甘くなり、ムラ無いキレイな和音の響きが今一つ再現できていません。ただこれはこの録音に限った事ではなく、彼女の演奏全般に言える事ですけど(手の大きさ等のハンデもあるでしょうが)。
この点を鑑みると、ラフマニノフの第一楽章で通常のカデンツァを採用したのは賢明な判断だと思います(単にホロヴィッツの影響?)。

 プロコフィエフは人気のある3番ではなく2番を弾いていますが、ライヴゆえに少々荒っぽいフレーズの処理や打鍵が散見されます(曲調に合っていると言えばそうですが)。第一楽章のカデンツァも良いように言えば即興的、悪く言えばかなりラフな演奏ですが、このカデンツァはスタジオ録音でもかなりアレな演奏が多い中、ライヴでコレだけ弾ければ上出来だと言えるレヴェルでしょう。

 全体としては良い意味でも悪い意味でも十分な疾走感を感じさせるいつも通りのユジャ・ワン節で、ファンの方なら満足する内容かと思います。
あと余談になりますが、彼女のCDのジャケットはこれまでもかなりアレでしたが今回はさらにパワーアップしていて、ここまで来ると何かのネタか罰ゲームとしか思えない突き抜けっぷりです。






誰か注意してあげればよかったのに。


 

2013年10月4日金曜日

雑記・その12 【ペライアのショパン・エチュード集の「木枯らし」に1小節の欠落があるとか無いとか】

 このブログをご覧になる方なら、伝統あるクラシック音楽雑誌のレコード芸術に「ピアノ名曲解体新書」と言う連載があるのを御存知かと思います。内容は、協奏曲を含むピアノ曲を毎回一曲ずつ取り上げて楽譜なども添付しながらかなり詳細に解説するコーナーや、取り上げた曲のお勧めCDを数枚紹介するコーナーがあります。

 さて、その連載で今月号(2013年10月号)に取り上げられた曲が「ショパン:練習曲集Op.10&25」なんですが、CD紹介の所でペライア盤が挙げられていて、その紹介文の中に「『木枯らし』で編集ミスにより一小節の欠落がある」と言う内容の一文がありました。
 具体的に「○分○○秒あたりで欠落がある」とか「○○小節目が欠落している」と言う記述が無かったので、「そんな所あったっけ????」と思いつつ手持ちの音源を最初から最後まで聴き直してみたところ、やはりソレらしき箇所はありませんでした。
ただ、私の手持ちCDは輸入盤なので、もしかすると記事を書いた方がチェックしたのは国内盤で、国内盤のみにその様な箇所あったのかもしれませんが、憶測の真偽の程はともかく、ある録音に対して「○○の欠落がある」とか「ミスタッチがある」などと指摘する場合は誰でもすぐに指摘の正誤が検証できるよう出来るかぎり「何分何秒あたりの所」や「○○小節目」と具体的に記述して欲しいと思うのですが。


 上記の箇所を取り上げたついでと言ってはなんですが、もう1点だけ。
数ヶ月前(2013年8月号)のその連載で取り上げられた曲は「スクリャービン・ピアノソナタ集」だったんですが、CD紹介コーナーのアシュケナージの全集の記事の中でグレムザーの録音が「全集」として言及されていましたが、これは明らかな事実誤認です。彼はまだ1・4・8番を録音していません(とっとと録音して欲しいですけど)。




 最後に、今年はまだCDレビューの投稿が1件のみなので、今年中に何とかもう一つ位は書ければなぁ~と思っている他に、プロコフィエフとスクリャービンのソナタ全集は何とか取り上げたいものの、一曲ずつ事細かに書くと時間が掛かってしょうがないので、何種類かの全集の大まかな寸評のみでも御紹介が出来ればいいなぁ~と思っています。

2013年7月2日火曜日

雑記・その11 【プロコフィエフ、トッカータ・作品11の省略について】

 久方ぶりの投稿ですが今回もCDレビューではなく雑記の第11弾です。なお、雑記の11回目にプロコフィエフのトッカータ・作品11を取り上げるのは全くの偶然で、他意は全くございません(ホントに)。


 さて、この曲を色々な演奏で聴いていると、稀にですが後半のかなりの部分がカット(省略)されている演奏に出くわす事があります。私の手持ちのCDをザッと調べただけでもカットしている録音がコレだけありました。

■ホロヴィッツ、1947年・RCA盤
■デミジェンコ、1997年・hyperion盤
■テベニヒン、2011年・Piano Classic盤



 で、具体的にドコがどの様にカットされているかですが、この曲の最も有名な録音であると思われるアルゲリッチ盤と、上記のホロヴィッツ盤のCDタイムを比較しつつ詳しくお伝えしようと思います。


その1
 アルゲリッチ盤=2:57辺り、ホロヴィッツ盤=3:02辺りからですが、「ジャジャ!タラタタタタ、ジャジャ!タタ、ジャジャ!タタ…」のあと、左右のパートが反行していきます。

その2
 アルゲリッチ盤=3:02~3:06辺り、ホロヴィッツ盤=3:07~3:11辺りから、「タータータータタ、ラーラーラーラー、タータータータタ、ラーラーラーラー、」と曲の前半に出てきたフレーズを再現します。




                                 その直後…、

その3
 アルゲリッチ盤は3:06から左手の半音階が印象的なパートに突入しますが(1:23からのパートの再現ですね)、

ホロヴィッツ盤=3:11~は上記のフレーズを弾かずにソレまでと同じ様なフレーズを弾いており、その少し後=3:16辺りで「レ」の連打(冒頭の再現です)に突入しています。ホロヴィッツ盤よりも速めのテンポを採用したアルゲリッチ盤が「レ」の連打に突入するのは3:22からですから、かなりの省略が行われているのが分かると思います。

では、一目で判るように大きな楽譜で再確認をしてみたいと思います(開いた画像をクリックすると拡大されます)。

飛ぶ直前のフレーズと飛んだ先のフレーズが似ているためかなりスムーズに繋がっていますよね。


 さて、先に挙げた3名の奏者が同じ省略をしている事を考えると、その様に弾くよう書いてある版があるかもしれません。
ちなみにYoutubeでプロコフィエフの自演(と書いてある音源)があったので聴いてみると、ホロヴィッツなどと同じ様に省略していました。





                   何で?


・追記

Youtubeでこの曲を色々聴いていたらカットを行っている演奏の動画があって、そのコメント欄でも当該部分のカットの事が話題になっているようですが(評価の高いコメントの所に掲載されています)、残念ながら詳しい事はわからないようです。

2013年4月4日木曜日

雑記・その10 【ペトルーシュカ和音】

 前回言いました様に、今回はいわゆるペトルーシュカ和音について書きたいと思います。

 「ペトルーシュカ和音」と言うからには、当然、ストラヴィンスキー作曲の『ペトルーシュカ』の曲中で使用されている和音な訳ですが、一番分かりやすい所で言えば、「ペトルーシュカからの3楽章」の第3楽章「謝肉祭」の一番最後に鳴らすあの和音がそうです(一応ですが、最も有名な録音と思われるポリーニ盤のCDタイムで言うと8:22の所で、派手なグリッサンドの後の「ダンッ!」と鳴らすアレです)。

 最初に言葉で「嬰ヘ長調のトニカが~・・・」などと説明すると却って分かりにくいですから、その部分の楽譜を作ったので下に添付します。
あらためて説明しますと、左手パートの嬰ヘ長調の主和音(トニカ)「ファ♯・ラ♯・ド♯」と、右手パートのハ長調の主和音「ド・ミ・ソ」を同時に鳴らす訳です。
ポピュラー系の表現で言うともっと簡単で、「C/F♯」と表せます(分母がバスの音名を表すタイプの表記法じゃなく、分母・分子ともにコードネームを表す「ポリコード」の表記法です)。


                                  以上です。


「え?これで説明終わり?」と言う方もいるかもしれませんが、これだけの事です。

”ペトルーシュカ和音”と言うネーミングがやたらと大仰と言うか、複雑怪奇な和音と言う印象を与えてしまいがちですが、案外わかり易いですよね。和音の響き自体は複雑怪奇ですが。

 ただ、上に添付した譜例の通りに弾いてみてもイマイチ響きが分かりにくいと思うので、もう少し響きが分かりやすい箇所をご紹介します。
先程と同じく「ペトルーシュカからの3楽章」の第2楽章「ペトルーシュカの部屋」の序盤、ポリーニ盤のCDタイムで言うと0:15辺りのアルペジオですが、
これもペトルーシュカ和音に基づいたアルペジオです(先程とは違って左手が「ラ♯・ド♯・ファ♯」、つまり一転の状態ですが)。何やらミステリアスな響きがしますよね。



 で、前回書いた「水の戯れ」とペトルーシュカ和音がどうリンクするかと言うと、春秋版の「ラヴェル全集・1」の演奏ノートにも書かれている通り(早い話、受け売りです)、本家の「ペトルーシュカ」が作曲されるより約10年も前に「水の戯れ」の中でペトルーシュカ和音が使われているって事に繋がる訳です。

 具体的にどこの事かと言うと、72小節目=ココからのアルペジオです。この部分の楽譜を見てみますと(クリックすれば大きな画像で見られます)、
この様に、「ファ♯・ラ♯・ド♯」と「ド・ミ・ソ・ド」が組み合わさって構成されたアルペジオになっています(所々で和音化している部分もありますが)。

「でもこれって、さっきのペトルーシュカの箇所の様な『二つの和音を完全に同時に鳴らす』のとは少し違うんじゃないの?」
と仰る方もいるかもしれませんが、響きとしては紛れも無くペトルーシュカ和音そのものと言えると思います。



 以上、ペトルーシュカ和音についてのお話でした。


 余談ですが、私が探した限り、この手の「近現代作品の和声」に関する情報や文章は書籍でもネット上でも極めて少ないような気がします。音大の諸先生方や知識をお持ちの方は色々な媒体でどんどん書いていって頂きたいですね。
池辺先生も出来れば「ストラヴィンスキーの音符たち」や「スクリャービンの音符たち」、「プロコフィエフの音符たち」などを書いて頂きたいものです。

2013年3月31日日曜日

雑記・その9 【ラヴェルの全音音階に基づく和音】

 前回、ポゴレリチの『夜のガスパール』のレビュー内のある添付楽譜に、『全音音階に基づく和音・・・』と書きましたが、これについて少し詳しく解説しようと思います。

 まず、全音音階について。これに関してはWikipediaの当該ページを見た方が早いですが、早い話が「全ての構成音が長2度の等間隔で並んでいる音階」です。一応、「」を主音とする全音音階の楽譜を下に添付します。

で、長音階や短音階で和音を作る時と同様に「ド・ミ・ソ…」と言う感じで音を積み上げていくと以下の様になります。

上記の和音の構成音「ラ♯」を異名同音の「シ♭」に読み替えると、
さらに整然とした形になりました。コードネームで言うと「C aug7(9,♯11)」となるでしょうか。
この和音の特徴として、構成音をどのように配置しても各構成音の間に半音の音程短3度の音程が生じない事が挙げられます。勿論、このような短3度音程を生じない和音がすべて全音音階に基づく和音と言う訳ではありませんが(例えば、「Ⅰ」の第5音上方変位など)。

 で、もっと単純にこの和音の見分け方を言うと、和音の構成音を一オクターブ内に並べて鍵盤上で見た場合、構成音の全てが以下の
のどちらかに必ず収まります(当然と言えば当然ですけど…)。構成音を省略している場合もコレに準じます。



以下、この和音を『全音音階和音』と呼びます。


 上記を踏まえてガスパールの所で触れた箇所を再び見てみます。
少しゴチャゴチャしてるので上記の近辺の和音を単純にまとめてみると、
となります(言うまでもありませんが、真ん中が全音音階和音)。この全音音階和音は最初に示した物と同じく「」を根音とした全音音階和音ですが、コチラの場合は構成音の多少の省略が見られる他に、「ソ#」ではなく「ラ♭」になっています。なお、この和音の「ファ♯」を「ソ♭」と読み替えて、『ナポリの6』の和音への副Ⅴ7(第5音上方変位)の一転と看做したりも出来なくはないでしょうが、全音音階和音と捉えた方が自然でしょう。

前後の流れを見ると、ここでは「(ド・ミ・ソ)」の和音が揺れた結果出来た偶成和音(刺繍和音)として全音音階和音が使用されていると解釈できます。



 では、他の曲での全音音階和音の使用例も少し見てみます。下に添付した楽譜は「水の戯れ」の3小節目=この辺りですが、

4拍目と8拍目に全音音階和音がアルペジオで登場しています。少しゴチャゴチャしているのでまた和音を単純にまとめてみます。
ホ長調の「Ⅳ7(AM7)」の次に全音音階和音が配置されていますが、ココでは「Ⅳ7」に対する「副Ⅴ9(第5音上方変位)」として使用されています。


ついでにもう一つ。
 もしかすると覚えている方もいらっしゃるかも知れませんが、かなり昔にミシェル・ベロフがNHK教育の「スーパーピアノレッスン」で「水の戯れ」をレクチャーしていた際に、4小節目の右手パートの最後から3つ目の「レ」について、
次の様に発言をしています。

ラヴェルの和声は時計のように正確ですが、このにシャープが抜けています。
楽譜どおりでもよいのですが…、和声進行から言うとこれはのシャープです。

この箇所についての発言はそれのみだったので、当時は「おいおい、何でそう言えるのか具体的に説明してくれよ」と思ったものですが、その理由にこそ全音音階和音が関係しています。
では、コレまでと同じ様に当該小節の4拍目以降この0:12辺り~の和声を単純にまとめてみます。なお、楽譜通りのホ長調の調号では読みづらいので、調号をハ長調に変更した他、三番目の和音の構成音を読み替えてスッキリとした形にした和音も併記してみました。
ココまで来るとピンと来る方もいらっしゃると思いますが、最後の和音(元の楽譜で言うと4拍目ウラの和音)以外は全て全音音階和音ですよね。で、最後の和音が全音音階和音ではない理由が「レ♮」であり、ココを「レ♯」にするとこの一連の4つの和音全てが全音音階和音で統一されると言うわけです。
そもそも、この箇所は元の楽譜のバスの進行を見れば分かるように、「シ♭→ソ♮→ミ♮→ド♯」と言う風に短三度下へシステマチックに進行しています。
つまり、ラヴェルが他の和音でもやっているような「同種の和音を規則的な間隔で平行移動させる」と言う手法を、ココでは全音音階和音で行っている(行おうとしたであろう)と考えられます。

しかし、実際は当該の「レ」に「♯」が付いていないために最後の和音だけ仲間外れになるので、ベロフは「おそらく「♯」の付け忘れであろう」と考えた訳です(だと思われます)。


個人的にはベロフの案に賛成で、ココは「レ♯」で弾く方が良いと考えます。



で、「水の戯れ」について書いたついでにペトルーシュカ和音についても書こうかと思ったんですが、少し記事が長くなりすぎたので近日中にあらためて書きたいと思います。

2013年2月28日木曜日

ポゴレリチ 【ショパン:ピアノソナタ第2番&ラヴェル:夜のガスパール&プロコフィエフ:ピアノソナタ第6番】

ブログの名前がコンパクトディスクレビューのわりに、レビューの記事が大よそ三か月ぶりとなる体たらくとなってしまいました…。




【収録曲】
ショパン:ピアノソナタ第2番・作品35
ラヴェル:夜のガスパール
プロコフィエフ:ピアノソナタ第6番・作品82


 今回は久しぶりにポゴレリチの録音を取り上げます。今回は収録曲が大曲揃いなので出来るだけ要所のみをまとめて書こうと思います。


◆ショパン:ピアノソナタ第2番


【第一楽章】

 悲劇的な序奏から既にポゴレリチらしさ全開で、「これでもか!」と言うほどネットリ・ドロドロと粘って弾いています。
 直後の第1主題・0:20【この0:16辺り~】では、楽譜には第1主題の冒頭からかなり長い間ペダルを踏む指示がありますが、
ポゴレリチはココでグールド譲りのノンペダル主体・インテンポによる表現に切り替えて演奏しています。少し先の確保の部分・0:30~【この辺り~】で多少ペダルを踏みますが、すぐにペダルを抑制気味にして再び乾いた響きを生み出していおり、全体として人工的で無機質な表現に聴こえます(明らかに意図的でしょう)。

 少し先の第二主題直前の部分・0:50~【この0:46辺り~】で、右手オクターブの動きと並行している内声の旋律、「ソ~~~ファ~ファ~ミ~~レ♭~レ♭~ド」が少し引っ込み気味なのが気になる他に、三つ目の「ファ」の音が発音されずにその前の「ファ」から伸ばされたままになっているのも気になりますが、恐らく採用した版の問題だと思われます(下の楽譜参照)。

  第二主題・0:58~【この箇所~】はいつものポゴレリチ節で、第一主題のインテンポ主体の演奏とは打って変わって恣意的な歌い回しを聴かせています。その後半部分・1:57【この辺り~】では彼の巨大な手のお陰で内声が驚くほどハッキリと聴こえてきます(本人もココを強調しようとしてるようですが)。
 直後の3連のリズムに変わる推移の部分・2:09から【この辺りから】は再びメトロノームの様なテンポ感になります。そして、変ニ長調のⅤ7をハ長調のドイツの6に読み替えて転調した少しあとの急にリズムが変わった感じになる部分・2:19【この辺り】では拍感を失った様な演奏(「1・2・3・4~」と言うリズムをちゃんと感じられない演奏)になる場合が少なくないですが、ポゴレリチに演奏ではシッカリと拍を感じられます。ただ、あまりに機械的過ぎる表現だと感じる人の方が多いと思いますが。

 提示部の繰り返しは行わずに展開部へ突入しますが・2:33~【この箇所~】、ココでは非常に癖のあるリズム表現と強弱表現をしています。特にその傾向が顕著なのは展開部で最も盛り上がる3:26~【この2:56~】で、フレーズごとにやたらとタメを作っており、まるで普通のロシアの奏者の様な(?)演奏をしています。

 再現部・4:07~【この辺りから】この楽章の再現部は第一主題が登場しません)でも冒頭から粘っこい演奏が繰り広げられており、楽章の前半(提示部)で見せたメトロノームの様なテンポ感と、展開部や再現部での癖のあるリズム感との対比によって、いかにもポゴレリチと言う演奏に仕上がっています。


【第二楽章】

 セッカチなテンポを採用する奏者が多い中、ポゴレリチは比較的遅めのテンポを採用しています。そのため、下に添付した楽譜で示した冒頭から繰り返し登場する曖昧になりがちなフレーズをハッキリと表現出来ています(ただ、後に登場してきた時の明瞭さは冒頭のそれと比べると少し劣りますが)。
  
 冒頭以降も、急速部の間・0:00~1:09【冒頭からこの箇所まで】は御馴染みであるメトロノームの様なリズム感と、これ見よがしなペダルの抜き方・抑制の仕方が印象に残ります。特に0:09~【この0:10辺り~】の上行フレーズ(後の同様のフレーズも)や、0:35~【この0:35~】の重音フレーズ、その後に続く和音連打・0:39~【この辺り】や、急速部の最後にある連続跳躍・1:01~【この1:05辺り~】でもポゴレリチはインテンポで突っ込んでいく上に、跳躍後半では完全にペダルを抜いているようです。

 中間の緩除部分・1:09~ですが、この様な緩除部分で極端に遅めのテンポ設定で奇妙な演奏をする事が少なくないポゴレリチにしては穏当な演奏と言えます。なお、再び急速部になったあとの演奏は前半と同じ様な演奏です。


【第三楽章】

 テンポ設定にしろ表現にしろ、ポゴレリチのわりに真っ当な演奏と言いましょうか、奇を衒った所の少ない演奏だと思います(つまり、取り立てて書くべき事が無いような普通の演奏って訳です)。


【第四楽章】

 序盤はやたらと遅いテンポから徐々に加速して行きます。その後は得意技である極端なノンペダルで粒立ちの良さをアピールする訳でも無いし、バスなどの特定の声部を強調して流れを見え易くする事なども余りせず、掴み所がイマイチ無いまま曲が終了します。あえて挙げる点と言えば、曲の最後【この箇所】で左手のオクターブ下げをやってる事くらいでしょうか。



◆ラヴェル:夜のガスパール


【オンディーヌ】

 少し遅めのテンポを採用して、難関である冒頭からの「ppp」の強さでのトリルを確実に処理しようとしています。あえて難を言えば、親指の「ド♯」が少し強いのと、小指の「ラ」が僅かに抜け気味になる箇所がある事、それから、左手が入ってきた直後・0:09【この辺り】にテンポが揺らいで尚且つトリルが不明瞭になるところでしょうか。この冒頭部分は右手と左手のポジションが重なる箇所が多いため(この曲は全体的にそうですが…)、手の大きなポゴレリチにとっては弾きづらかったであろう事が伺えます。しかし、そうは言ってもその辺の演奏よりクオリティは高いです。

 少し先、右手のポジションが大きく移動し始める箇所・0:57~【この0:56辺りから】は往々にして右手が不明瞭になったりしがちですが、ポゴレリチはほぼ一定のテンポを保ちつつデリケートな弱音で極めて正確に処理しています(少し遅めのテンポである事も功を奏しています)。
 
 そのあとに続く1:06~【この辺りから】は同じ様なフレーズが3回繰り返されますが、その度に強弱指示が「PPP」「PP」「P」と変化していきます。ポゴレリチはそれらをハッキリと弾き分けている上に、フレーズの途中にある左手のアクセント記号もかなり正確に表現しています(下に添付した楽譜参照)。ただ、1:20辺り【この1:19辺り。わかりにくいですが…】の「ファ♯」の音に何故かアクセントが付いていますが、アクセントを付ける必然性がいまいち感じられません(カツァリスがよくやるような内声を数音繋ぎ合せて対旋律を奏でているわけでもないですし。同士を恐らくポジション移動の際に不意に付いてしまったのだと思うんですが)。

 その直後の1:30~【この1:27辺りから】の両手で交互に和音連打する箇所の冒頭では、ポゴレリチお得意のノンペダル奏法を披露していますが、かなり違和感があります(勿論、それを狙ってるんでしょうけど)。

 少し先、2:19~【この箇所~】の両手の音域がかぶるフレーズ(この曲はそんな箇所ばっかりですが…)、ここでもフレーズの冒頭でテンポが一瞬落ちており、慎重な処理を心掛けていることが伺えますし、
 そのすぐあとの小節・2:24~【この辺りから】の内声にある冒頭と同様のリズムと音形(添付楽譜を参照)も細心の注意を払って表現しています。

 かなり先へ飛んで(まだスカルボもプロコフィエフも残ってるので…)、オンディーヌの技術的見せ場と言うべき重音フレーズが5回連続する箇所・3:44~【この辺りから】では、遅めのテンポからフレーズの開始がコレまで以上に顕著になると同時に、回数を重ねるごとに全体のテンポがどんどん速くなって行きます。
重音の精度は自体は遅めのテンポの採用もあってかなり明瞭ですが、初回時は弱音で開始しすぎたためか、冒頭部分あたりが不明瞭になっています(鳴ってる事は鳴っていますが)。
ちなみに、この箇所の重音はブラームスのパガニーニ変奏曲の例の無粋で野暮ったい重音や、ショパンの25-625-8のような規則正しい重音ではないため非常に聴き取り辛く、正直な所、私も確実に聴き取れていると言う絶対の自信はないんですが、ポゴレリチがほぼ確実に弾けていると言う事と、この演奏が凄まじいほどメチャクチャな誤魔化し演奏である事はわかります(特に終盤)。

 さて、一連の重音フレーズが終わって徐々に音楽が盛り上がっていき最高潮に達する箇所・4:17~【この辺りから】では、主旋律である「ド♯~シ~ラ~ソ~ミ♯~~レ♯~ラ♯~」と言う旋律が今一つ浮かび上がってきません。「ココにそう言うメロディがある」と意識しながら聴けばちゃんと認識できる程度には弾いていてるんですが、周囲の細かな音形や左手パートをしっかりと丁寧に弾きすぎて旋律が少し埋もれがちになっている事に加え、テンポが遅めなので横の繋がりが希薄になってしまっています。

 先へ飛んで、終盤近くにある二重アルペジオ・6:36~【この箇所~】では、冒頭のバス「ミ♭」をかなり強く演奏しているためにクレッシェンドが表現できていません。恐らく、直前の極めて静かな単音フレーズとの対比を目的にしているんでしょうが、少し奇を衒いすぎです。


【絞首台】

 かなり遅めのテンポ設定です。冒頭から続いていくアクセントの付いた「シ♭」の音による「タンタン・・・、タンタン・・・、タ~~~ン・・・」と言うリズムペダルが極めて弱く演奏されているため、他のパートが入ってきた時・0:13~【この辺りから】にリズムペダルが聴こえにくくなり存在感がかなり希薄です。
それ以降もいつも通りのポゴレリチ節ですが、ちょっと一言。
ポゴレリチは緩除系の曲・楽章や曲中の緩除部分で「かなり遅めのテンポ」「極端な弱音主体」と言うアプローチをとり、さも「何かしらの意図を持ってこの様な演奏をしていますよ」とでも言いたげな演奏をよくしますが、私個人としては、ソレっぽい曲のたびにこの手のアプローチで演奏されてしまうといい加減に「ハイハイ、またいつものアレですね」と辟易してしまいます(これはポゴレリチと同門であるプレトニョフにも多かれ少なかれ当てはまる傾向だと思いますが)。
恐らく、よほどのファンでもない限り、同じ様な印象を持つ人は少なくないのではと思うんですが、どうでしょう?


【スカルボ】

 冒頭の「ダ~~~、ラ~~~、ラ~~~…」と言うモチーフは超スローテンポで演奏されます。直後にスカルボ和音と同音連打がある訳ですが・0:06~【この辺りから】、同音連打を叩く速さ(テンポ)が異常に速過ぎます。
楽譜には冒頭のモチーフが8分音符、同音連打は32分音符で書かれています。つまり、冒頭のモチーフの一音分の「ダ~~~」と言う長さが、同音連打の4回分「タタタタ」と同じな訳ですが、
ダ~~~、ラ~~~、ラ~~~…」と同じテンポ・速さで「タタタタ、タタタタ、タタタタ、」と弾く奏者はあまり居らず、大抵は同音連打を速めのテンポで叩いており、ポゴレリチの場合にはモチーフを弾くテンポの倍くらいのテンポで同音連打を叩いています。
余り杓子定規に楽譜を守れとは言いませんが、この部分に関しては皆さん少し緩過ぎるのではないかと思うんですが。

 少し先・0:45【この0:40辺り】の冒頭の右手のリズム「タ~タ~タ~~タタ~・・・」に物凄く癖と言うかタメがありますが(後に登場するここと同様の箇所も似た傾向です)、すぐに(いつも通りの)極端なインテンポ感をともなった演奏になります。

 同音連打と手の交差が絡んでくる0:57~【この箇所~】の強弱の指示は「pp」ですが、同音連打の音抜け防止や明晰性を重視するあまり、少し強く弾きすぎな人もいます。ポゴレリチは同音連打の精度・明晰性と弱音による表現のバランスをギリギリでとりながらインテンポで処理しています(少~し交差が弾きづらそうだなぁと思わなくもないですが)。

 1:14~【この辺り~】からも右手の急速パッセージと左手の交差が絡みますが、交差した先の和音を少し強く叩き過ぎで違和感があります。

 直後の1:22~【この辺りから】、序盤の見せ場と言って良いような連続する同音連打絡みのフレーズがある箇所ですが、ほんの僅かながら弾きにくそうな感じを受ける箇所はあるものの、明晰性・安定感・速度ともに素晴らしい出来です。

 2:13~【この辺り】からは、左手パートの少し幅の広いパッセージと、右手パートに時折挿まれる素早い和音の連打を「pp(とても弱く)」で処理しなければならない箇所ですが(添付楽譜参照)、和音を確実に鳴らす為に少し強めに打鍵する奏者も居る中で、ポゴレリチは弱音で歯切れの良い演奏を聴かせています。

 少し先へ飛んで、3:06~【この辺りから】は、前述の1:22~の箇所に左手の大きな動きや前打音的なアルペジオを追加してさらに複雑にした箇所と言えますが(下に添付した楽譜参照)、左手にも前打音的なアルペジオがが登場してくる3:11~【この辺り】の四小節間はさすがに弾きづらさを隠せません(ソレまでがスムーズなので弾きづらさがなおさら目立っています)。ちなみに、添付動画の演奏では、この辺り一帯の同音連打を全て同じ指で処理しているようです。

 上記と同様の箇所は経過句を挿みながら3:19~【この辺り】、3:27~【この辺り】、3:35~【この辺り】と徐々に圧縮されていきます。
その後で、3:40~【この箇所~】に登場する2つのフレーズ(旋律)が
その直後に発展して、急速でインターバルの広いアルペジオを伴って登場します・3:49~【この箇所~】
ポゴレリチは主となる旋律もアルペジオも基本的にはしっかりと演奏していますが、旋律の一部分(上に添付した楽譜参照)を弱く弾きすぎて聴こえづらくなっています。

 少し先の4:04~【この箇所】からの「ン、チャラタ~~タタ。 ン、チャラタ~~タタ」と言うフレーズを2回繰り返すんですが(下の添付楽譜参照)、基本構造はどちらも同じながらも、2回目・4:10~(添付動画・4:04辺り~)は末尾が急速なアルペジオになり「ン、チャラタ~~ダララララララ。 ン、チャラタ~~ダララララララ」と言う感じになります。
ポゴレリチの演奏はバス(最低音)を含む左手の表現が荒っぽいため、右手のフレーズがよく聴こえず不明瞭になっています。また、2回目の最後の最後の「ダララララララ」の部分で少しテンポが落ちますが、一般的な演奏に比べるとテンポの落ち幅は少ないですし(ここで物凄くテンポが落ちる奏者がいます)、明瞭さはかなりのものです。

 直後の4:12~【この辺りから】のフレーズは和音連打と変則的なリズムが特徴で、大まかに言えば、バスの
レ~~~、レ~レ♭~ファ♭、レ~~~、レ~レ♭~ファ♭、レ~~~~、レ♭~~~~、ファ♭~~~
と言うリズムを意識すると聴き取り易いと思います。このようなフレーズの場合、ポゴレリチはメトロノームの様な杓子定規とも言える拍感(リズム感)で演奏する場合が多いですが、この箇所では拍感がいまいち定まらずフラフラしている上に、得意の和音連打もシッカリと鳴りきらず全体的にギクシャクとした演奏になっています。
この直後・4:18【この辺り】の、バスを「ダンッ!」と鳴らした後ですぐに「ダラララララ~・・・」と上昇していくフレーズでも、バスを鳴らしてから上昇し始めるまでに意味不明な間があります(場所が場所だけにある程度のタメは必要だと思いますが、少しやり過ぎです)。

 その次のフレーズ・4:22【この箇所~】の「ジャンジャ~~~ン!ダラダダ、ズダダダダン!・・・」と言うフレーズの「ジャンジャ~~~ン!」の部分の二つ目の和音が手の小さな奏者にとって掴みづらいかなり幅の広い和音で、
かなり先の8:25辺り~【この辺りから】にある上記の箇所に似た箇所でもこの和音が登場していますが、
しっかりとグリップ出来ない奏者も少なくない中、ポゴレリチは持ち前の巨大な手を駆使して素早くガッチリと掴んでいます。


他にもまだ色々と触れておくべき箇所がありますが、プロコフィエフのソナタも残っているのでガスパールについてはココまでとします。


◆プロコフィエフ:ピアノソナタ第6番


【第一楽章】

 第1主題の冒頭の「タッ!タララ~~~!タッ!タララッ!」から変にタメがあってリズムに癖があると言うか、足取りが重いです。
3度重音のモチーフはかなり明瞭に演奏できていますが、左手の表現が強く前へ出ているためにそれほど目立ちません。
 少し先の0:25~【この辺りから】の箇所も足取りが重く、所々でリズムがフラフラとして安定感がなく(この箇所へ移行してくる直前でも意味不明なタメがあります)、内声の主要な流れが掴みにくい上に、この箇所の冒頭では鮮やかだった3度重音のモチーフの表現も曲が進むにつれて不明瞭になってきます。

 少し先の推移部・0:50~【この辺りから】を経て、第2主題・1:25~【この箇所~】に突入しますが、
少し退廃的な雰囲気のこの箇所で、いつも通り遅めのテンポと極端な弱音による例のポゴレリチ節を披露しまくっています(ですので、先へとっとと進みます)。

 かなり先へ飛んで、展開部・3:35~【この箇所から】ですが、それまでのノロノロなテンポ(と言っては少し語弊がありますが)と打って変わり、極めて高速なテンポで開始され、
楽譜の「pp」の指示やスタッカートの指示を忠実に守った緊張感のある表現をしています。
4:03~【この辺り】から現れ始める第1主題の3度重音のモチーフも明瞭な表現ですが、4:27~【この辺り】からの第2主題のメロディをオクターブで演奏しつつ、合間に3度重音のモチーフを挿む箇所あたりからは、
響きの混濁が激しくなり始め、手の交差を含む装飾音のような超高速アルペジオ・4:28~【この4:03辺り】も余りのテンポの速さゆえ、ポゴレリチの演奏にしては明瞭さが今ひとつです(この速さでコレだけ弾ければ上出来かもしれませんが)。

 4:31~【この4:05辺りから】は、派手で急速パッセージが合間合間に挿まれる展開部の見せ場ですが、まずは大まかな流れを楽譜に記してみました。
ここでのポゴレリチの演奏を全体的に見てみると、展開部の主要なリズムであり推進力の要である左手の「ダラダッダッ、ダラダッダッ、ダラダッダッ、ダラダッダッ…」がテンポの速さによる粗さと深すぎるペダリングによって不明瞭になっているのがまず気になります。

さて、最初に登場する4:32~【この辺り】の技巧的なパッセージですが、
左手パートはかなり明瞭に聴こえるものの、右手のアルペジオがかなりダンゴになっている上に、音量自体もかなり小さいので「ミスタッチせずに弾けてるんだろうなぁ。多分」と言う程度の仕上がりです。

2回目・4:37【この辺り】のポジション移動の激しい超高速フレーズでは、誰の演奏でもほぼ例外なく不用意なテンポの揺れやテンポダウンが見られますが、ポゴレリチもその例に漏れません。
テンポの揺れが見られてもその分だけフレーズの明晰さの向上などが見られれば良いんですが、それも見られず、勢いで突っ切っていった感が否めません。

3回目・4:47~【この辺りから】の少し息の長い上昇フレーズでも、
ペダルによる濁りがかなりあってポゴレリチ特有と言える粒立ちの良さがそれほど感じられませんが、この速いテンポでもキッチリとしたリズム感・拍節感を維持している点はさすがと言えます。

これまでの3つのフレーズを見てきてあらためて言える事は、この異常なテンポ設定により細部の精度が多かれ少なかれ犠牲になっていると言う事ですが、この無茶なテンポ設定によってもたらされる猛烈な疾走感は細かな事を抜きにして魅力的でもあります。恐らく、「このテンポでここまで纏めたポゴレリチの実力は凄まじい」と感じる人と、「テンポを落として精度をもっと追求すべき」と感じる人に分かれると思いますが、これらの表現は色んな意味でポゴレリチにしか成し得ないであろう事は多くの人が感じるのではないでしょうか?(贔屓し過ぎ?)

これ以降の展開部と再現部は字数の関係で端折りますが、基本的にはいつものポゴレリチのあのノリです。



【第二楽章】

 「p」の指示、スタッカートの和音連打(と言うか4声)で開始する楽章ですが、
実際には「pp」の強さで弾いているんじゃないかと思うほど小さい音量な上に、弱音ペダル(左のペダル)を踏んでいる様なソフトな音色(と言うか、抜けの悪い音色)による演奏なので少々聴き取りにくいためもどかしさを感じますが、テンポがかなり速めなので足早に曲が進んでいきます。

 少し先へ飛んで、0:50~【この1:00辺りから】は、時には1オクターブを超える幅の広い和音を右手でスタッカートに弾きつつ、左手が2オクターブに及ぶポジションチェンジをしながらアルペジオを弾いていくこの楽章のキモと言える箇所ですが、
pp」の指示通りにかなりの弱音で弾いている事や(と言っても、冒頭の「p」の箇所と同等、もしくはそれより強く弾いてますが)、テンポの速さも相まってアルペジオはハッキリと聴きとりにくく、所により殆どダンゴになっている箇所・1:15辺り~【この辺りから】もあってそれなりの出来ですが、和音のキャッチは確実にこなせていますし、手の小さな奏者ならバラして弾きそうな和音もバラさず弾いています。

 中間部はいつものアレですので飛ばして、再び例のアルペジオが始まる箇所・3:52~【この辺りから】見ていきます。ここでも先ほどの0:50からの箇所と同様の傾向ですが、一箇所・3:58辺り【この辺り】で結構目立つ譜読み間違いがあります(詳細は下に添付した楽譜参照)。
そのすぐ後、急速なパッセージが連続する箇所・4:01~【この辺りから】は、
テンポの速さゆえにフレーズが流れがちになっている感が無きにしも非ずですが、手堅くまとめていると言えます。

【第三楽章】

 4:53~【この辺りから】の急速なフレーズの粒立ちや機械的なインテンポ感がいかにもポゴレリチらしい仕上がりですが、その他の緩除部分もいつも通りの仕上がりですので、さっさと次の楽章へ進みます。


【第四楽章】

 第二楽章と同様に冒頭は「p」の指示ですが、ここでもお約束の様にイヤらしいほどの弱音で開始しているので、
テンポはそれほど速くは無いものの、何やらボソボソと早口で喋っているようなハッキリとしない表現です。

 0:22~【この辺りから】は、右手のフレーズが前へ出てきており、ここでは記譜されているスラーやスタッカートなどのアーティキュレーションの指示を過剰に表現しています。

 0:41~【この辺りから】の速いパッセージでようやくポゴレリチらしい粒の揃った打鍵が聴けますが、少し先の1:03~【この辺りから】の主題部分になると再び弱音による演奏になり、1:08~【この辺りから】のシステマチックに上行していく16分音符のフレーズの最後では弱めの打鍵による音抜け(微かに発音されているようにも思えるので、カスりと言えなくもないかも)も見られます。

  また少し先、1:14~【この辺りから】の箇所では右手フレーズはハッキリとした打鍵ですが、始終スタッカートが付いた左手パートの打鍵が意味不明に弱く、再び明らかな音抜けが見られたり、ポゴレリチにしては珍しいミスタッチなども見られます。

 新しく登場するテーマ・1:33~【この辺りから】の冒頭「チャラタッ、タッ、タッ、タッ、タッ、タッ、タッ、タッ…」と言う箇所の強弱表現は極めて恣意的で鼻につきますが、随時挿まれる16分音符による速いパッセージの明晰さはさすがで、1:53~【この1:48辺りから】の左右の手が交互にフレーズを受け持つ箇所も安定感があります。

 緩除部分の中間部は飛ばして、4:01~【この辺りから】再び急速部に戻りますが、そこからの息の長い急速なパッセージも当然のように鮮やかなので、その次の緩除部分・5:21~【この箇所~】を見て行きます。この箇所は前述の0:22からのテーマが主となる箇所ですが、聴いている分にはそれほど目立たないわりに楽譜を見ると左手パートが結構忙しい箇所だとわかります。
この手の箇所は急速で派手な箇所と違って注意が行きにくいですが、ポゴレリチは几帳面なまでに丁寧な処理をしています(多少表現に癖はありますが)。

 緩除部分が終わって徐々に再加速を始める箇所・5:50~【この辺りから】、ここからはリズムに癖があって綺麗に「1、2、1、2…」とリズムを感じさせる演奏が難しい箇所で、特に5:58~【この辺りから】は途中で拍子の変更等はないわりにその傾向が顕著ですが、ポゴレリチは安定した演奏によりリズムやテンポの揺れを感じさせる事のなく見事に弾き切っています(人によっては機械的すぎる演奏と感じられるかも)。

 クライマックスの6:12~【この辺りから】はペダルが過多気味で、右手はかろうじて何を弾いているか判りますが、左手がボンヤリしすぎなのが難点です(大抵の奏者はココでそう言う演奏をしますが)。





さて、かなり駆け足でザッと見てきましたが、このCDでは前回取り上げたベートーヴェンのソナタやシューマンの交響的練習曲のCDとは少々異なっており、果敢なテンポ設定をしている部分があって、アグレッシブな表現がより目(耳)につきます。

中には「もう少しテンポを落としてもっと細部の精度を向上を目指せば~・・・」等と言う意見もあるかもしれませんが、ここで聴ける演奏でも十二分に素晴らしい物であり、それぞれの曲の競合盤と比較しても何ら遜色はないばかりか、どれもトップクラスの仕上がりと言って良い出来です。


収録されている曲の中で一曲でも興味のある曲があれば是非とも購入して聴いてみる価値のある録音だと言えます(ただし、ポゴレリチの表現が生理的に受け付けない人は除く)




【採点】
◆技巧=96.5~85
◆個性、アクの強さ=100
◆「このジャケットと比べると、ポゴレリチも歳をとったなぁ」度=200