2012年5月31日木曜日

ロルティ 【ショパン:バラード・全曲&子守唄&舟歌&ノクターン】



◆収録曲
ショパン:バラード・全曲
ショパン:子守歌 Op.57
ショパン:舟歌 Op.60
ショパン:ノクターン集(Op.15-3 Op.15-1 Op.9-2 Op.48-1 Op.55-1 Op.15-2)

 今回はロルティの現時点での最新録音であるバラード全集を含むショパン作品集を取り上げます。なお、今回はバラード全曲ならびに子守唄や舟歌に焦点を絞る為、ノクターンはスルーの方向で進めたいと思います。



【バラード第1番】
 初っ端の「」の指示のあるの「ド」のオクターブ自体はロルティにしてはそれなりに強奏していますが、その直後の「レ」やそれ以降のアルペジオは「pesante(重々しく)」の指示があるものの軽めかつ控えめです。なお、フレーズの終わりでのテンポ変化は結構キツめです。
 第一主題=0:33【この箇所~】は強弱の表現が控え目で消え入りそうな弱音が主体です。それと序奏の時と同様にフレーズの開始時と終わりでのテンポ変化が大胆でかなり粘りのある歌い回しですし、フレーズとフレーズのあいだの間の取り方も大きい事が特徴です。なお、これらのフレーズが再登場する際=4:07~【この箇所~】や6:49~【この箇所~】でも同様の表現をしています。
 少し先へ行って36小節目=1:58~【この箇所~】からの箇所もかなり粘っこい盛り上げ方で、ココでも強弱の変化よりもテンポの変化による表現が目立っています。例えば40小節目=2:10【この箇所~】には「」の指示や「agitato(激しく興奮して)」の指示がありますが、ロルティの演奏は強弱変化が少ないために激しさよりもせっかちと言う印象を受けます。

 また少し先、右手パートが練習曲・25-5の中間部のソレと似ている箇所=2:21~【この箇所~】ですが、ここは少し遅めのテンポからアッチェレランド(次第に速く)していく奏者が少なくないんですが(特に旧ソ連系の連中)、今までフレーズの開始をことごとく粘っていたロルティがココでは直前からの勢いそのままにほぼインテンポで開始していて「何でココだけ?」と感じる人も少なくないかもしれません。ただ、演奏の正確性・安定感は抜群で、かなり軽めな演奏ですが打鍵の荒れなどは見られません(当然と言えばそうなんですが)。

 第二主題=2:50~【この箇所~】は、やりすぎと思えるほど極端な弱音で一音一音を噛み締めるようにゆっくり弾いていて、ポリフォニックな表現も極めて淡白ですが、後半=3:30~【この箇所~】に付けられている内声のアクセントはかなりハッキリと弾いています(添付した楽譜の箇所である一度目より直後の二度目の方がよりハッキリと弾いていますが)。

 そして再び第一主題がイ短調で登場=4:07~【この箇所~】して、その直後にさっき現れたばかりの第二主題がより装飾された形になってイ長調で再登場=4:36~【この箇所~】しますが(ちなみに、第二主題の初登場時は変ホ長調)、ここでの冒頭はロルティに限らずほぼ全ての奏者がかなりタメながら開始していますが、ロルティの演奏は「ff」の指示があるわりにかなり軽く(特に左手)、少し拍子抜けするほどです。
実はこの点は演奏もさる事ながら録音もかなり影響していると思われ、この曲に限らずCD全体を通して低音域自体はかなり出ているにも関わらず低域(左手パート)の抜けが悪く(所々でかなりブーミーな感じ)、高域側は近く、低域側は遠くに聴こえる傾向が全体的に顕著です。そのため、普段から強奏に消極的なロルティの演奏傾向がより強調される形となっています(※注・もちろん再生装置によって印象は異なるでしょうが)。

 138小節目「scherzando」の箇所=5:21~【この箇所~】ですが、この箇所も少なくない割合で若干遅めのテンポから探り探りテンポを上げていく演奏が多い中、ロルティは初っ端からトップスピードで軽やかに弾いて行きます。
 そして再び第二主題に基いた箇所=5:53~【この箇所~】を経て、第一主題が元のト短調へ戻り属音の保続低音が鳴り続ける形で再登場=6:49~【この箇所~】してコーダへ向けた準備に入るわけですが、この曲中で最も盛り上がる場所と言っても過言ではないコーダ直前の「il più forte possibile」からの2小節=7:20~【この箇所~】の初っ端の和音ですが、
ここはチカラの限りの爆音を出す奏者すら居る箇所ですがロルティはいつも通り優雅と言うか、悠長に弾いていて(先に述べた録音も関係していそうです)、端正な演奏が好きな方ですらも「これは、ちょっと無いよなぁ…」と感じると思いますし、爆演が好きな方なら間違いなく「はぁ?」と感じられる表現だと思います。

 さて、見せ場と言えるコーダ=7:28~【この箇所~】ですが、速いテンポで苦も無く弾いてのけるのは当然として、それ以外の大きな特徴はパートごとの弾き分け、中でも左手の和音が極めて明瞭に発音されている事です。
さらに、右手の動く範囲が広くなる箇所=7:34~【この箇所~】におけるアクセントの付いた音符とそうでない音符の弾き分け・表現の的確さは開いた口が塞がらないレべルです。
なお、最終盤での速いパッセージの途中で少しタメる箇所があり、気にする方も居るかもしれません。


【バラード第2番】
 冒頭からの第一主題はロルティにしては比較的速めのインテンポでサラッと弾いていますが、丁寧に演奏してはいるものの、このくぐもった音色のせいなのかポリフォニックな表現が今ひとつの出来な印象です(早い話、可もなく不可もなし)。
 続く第二主題=1:58~【この箇所~】はテンポ的にはアグレッシブでかなり幅広いアルペジオの処理の精度自体は素晴らしいものの、例によって強弱表現が微温的であり記譜されている「Presto con fuoco(烈しく急速に)」の「烈しさ」の部分の表現がイマイチなされていません。ただ、後半部分の2小節ごとに「ニ短調→ヘ短調→変イ短調」と転調していく箇所=2:18~【この箇所~】にある息の長い「cresc.(徐々に強く)」の表現は、頂点=2:26【この箇所~】での激しさやフォルテこそ少し弱いものの、ソコまでの持って行きかたはかなり巧みではあります。
 そして、転調を重ねて(少し強引?な増六への読み替え)、冒頭と同じくヘ長調で第一主題に戻り=2:48~【この箇所~】、そこから少し先のいかにもショパンっぽい半音階的経過和音で緊張感を高めて盛り上げていくの箇所=3:51~【この箇所~】や、更に少し先にある同じ様な箇所=4:49~【この箇所~】では、いつものように少し迫力不足の感は否めないものの、とりあえずはソツなくこなしています。

 その後、再び第二主題が現れますが=5:02~【この箇所~】、最初に登場した際と余り変わらない表現で演奏しています。そしてコーダへ移行するための部分が登場しますが=5:23~【この箇所~】、殆ど音量の変化が感じられず、機械的に処理しているようにすら思えるほど盛り上がり欠ける表現です。

 いまいち盛り上がりに欠けたままコーダへ突入します=5:41~【この箇所~】。ここでは(ここでも?)楽譜に記された「Agitato(激しく、興奮して)」の指示は殆どスルーされいてテンポ的にも強弱表現においても熱さや激しさとは無縁の冷静な演奏なんですが、演奏の精度自体は極めて高く、右手の二声の動きがこれほど明晰に弾き分けられている演奏はまずお目に掛れませし、
最終盤にある和音含みのアルペジオ(?)の箇所=6:13~【この箇所~】では明らかなミスタッチが一箇所あるものの
基本的には余裕を持って弾き切っています。


【バラード第3番】
 冒頭のポリフォニックなフレーズは多少もったいぶった表現ではありますが、楽譜に記された「mezza voce(=半分の音量で・音量を抑えて)」をよく汲み取った演奏をしています(まぁ、ロルティのいつも通りの演奏と言えばそうなんですが…)。
少し先にある素早い右手のオクターブ連打のフレーズ=0:32~【この箇所~】はかなり急速に弾く奏者が多いですが、ロルティはユッタリとした処理な上に、途中にある休符部分の間を大胆にとっているため少し違和感を覚える人も居るかもしれません。
それからまた少し先にあるトリルが印象的なフレーズ=0:56~【この箇所~】での軽やかな表現もさる事ながら、1:10~【この箇所~】の少し長いアルペジオでのデリケートを極めた弱音による表現は特筆すべき点と言えます。

 第二主題=1:55~【この箇所~】ではペダルを離すタイミングの関係で始終アクセントが変な形でついており違和感を覚える人も少なくないと思います。
少し先にある左手の印象的なフレーズ=2:30~【この箇所~】では珍しくスタッカートを見落としています。
上記のフレーズの直後から=2:33~【この箇所~】は、前述の休符の表現がより極端になっていて、違和感があると言うか、ハッキリ言って意味不明な表現になっています。

 かなり先へ飛んで、再び変イ長調になった箇所=3:52~【この箇所~】からは軽やかな指回りで弾いていきますが、左手の音数が多くなる後半部分=4:21~【この箇所~】ではロルティにしてはやや響きが混濁気味な演奏になっています(普通ならこれ位でも問題ないでしょうけど)。
 再び第二主題が変イ長調で登場し、しばらくして嬰ハ短調になり再び左手の動きが急に慌ただしくなる箇所=4:54~【この箇所~】の左手の表現はあくまで軽やか且つ滑らかで、直後の2オクターブに及んで「ソ♯」を弾くの箇所=5:11~【この箇所~】(下に添付した楽譜参照)
では、かなり長い間続いていく「cresc.(徐々に強く)」の表現も強弱の幅こそ広くないものの手堅く表現しています。なお、最後の所=5:17辺りから【この箇所辺りから】でテンポが落ちますが、次のセクションへ移行する為の表現上の問題と捉えるか、技術的な問題と捉えるかは人それぞれだと思います。
そしてその次のセクション=5:18~【この箇所~】ですが、先ほど添付した楽譜の「cresc.(徐々に強く)」の到着点として「ff(フォルティッシモ=非常に強く)」の指示があるせいもあり、大抵の奏者がガチャガチャとうるさい演奏になりがちになるんですが、ロルティは当然の事ながら(?)控えめな音量で弾いており、そのお陰で全体的にスッキリとした響きになって細部の見通しも良くなっていて、特に5:26~【この箇所~】からのいわゆる「5度の滝」を含む和声進行の箇所での精密で流れる様な演奏は素晴らしいの一言に尽きます(迫力は絶対的に不足してますけど)。
そして数回の転調(ホ長調→ヘ長調→ト短調)を経て変イ長調へ戻り、第一主題が曲中で最も高らかに鳴り響く箇所=6:15~【この箇所~】でも相変わらず冷静な演奏に始終しています。


【バラード第4番】
 第1番から第3番まではかなり速いテンポで弾いていますが、この第4番は全体的に少し遅めのテンポでジックリと歌いこんでいて、収録時間も11分33秒と比較的長めです。

 この曲は序奏=0:00~からショパンの後期作品の特徴と言える多声的な書法が現れますが、
ロルティは例えばグールドのように曲の多声的な側面を殊更に(無理矢理に)強調しませんし、カツァリスの様に特定の内声を極端に強調する事もありません。かと言って、アムランの様にパート毎の弾き分けに淡白な訳でもなく、各パートの分離が良い上にそれ等が丁寧に整理されていて自然な仕上がりになっています(グールドやカツァリスのようなアプローチで自然と感じる方達はそう思わないかも知れませんけど…)。このアプローチは序奏以降に登場するより複雑に声部が入り乱れている箇所でも変わりません。
 序奏が終わって第一主題に突入=0:30~【この箇所~】してココからしばらくは「右手旋律、左手伴奏」が続きますが、ロルティは旋律(主題)をネットリと歌い上げ過ぎており若干クドい印象を受けます。
 少し進み、和音主体の静寂な雰囲気の箇所を経て、少しフレーズが複雑になってくる反復進行がらみの箇所=2:54~【この箇所~】では前述のような見通しの良い演奏(=全ての声部が聴こえる)が聴けますし(歌い回しはかなりネットリしていますが)、
その後、内声の順次下降などを含んでより複雑になった主題変奏=3:21~【この箇所~】においても、先に述べたように霞が掛かった様な録音状態であるにも関わらず明晰な演奏を繰り広げています。
かなり先へ行って(ココまででも少し記事が長くなり過ぎましたので…)、変イ長調の六度重音主体の箇所=5:39~【この箇所~】ではテンポがかなり遅い上に(当然ですが、アルゲリッチやユジャ・ワンのように細部はスッ飛ばして「とにかくインテンポで速けりゃ良い」ってものでもないですけど)、左手のトリルの決まりもイマイチです。
次はコーダまで飛んで、右手が三度重音の半音階的な上行をする箇所=10:25~【この箇所~】ですが、ロルティはいつも通り滑らかかつ見通しの良い演奏をしていますが、ここでは少しバスの動きを強調しています。
 少し先にある左手オクターブの下降=10:15など【この箇所~】では、珍しくかなり迫力のある表現をしています。


【子守唄】
 文章が長くなりましたので一箇所だけ気になる点を挙げるのみにします。以前取り上げたアムラン盤でも指摘した箇所ですが、2:22~【この1:58辺り~】からの右手・内声で不明瞭な所があります(下に添付した次の小節の中ごろくらい)。気にならない方も居るかもしれませんが。
上記の箇所以外は繊細なピアニッシモによる緻密な演奏が聴けます(テンポは少し遅めです)。


【舟歌】
 何度も述べましたように、複数の声部が入り乱れている箇所での見通しの良い演奏がロルティの特徴の一つですが、この曲でもその能力が遺憾なく発揮されています。
冒頭の和音の所には「f」の指示がありますがいつも通りに控えめな表現です。第一主題=0:15~【この箇所~】の右手の旋律が始まる箇所には「cantabile(歌うように、表情豊かに)」の指示が記載されている事もあってかなり濃厚な歌い回しがされている事に加え、シフトペダルを踏んでいるようなくぐもった音色の弱音が印象的です(もともと霞が掛かったような録音状態なのでより印象に残ります)。
少し先へ行って、6度重音の順次進行やトリルが絡む箇所=1:30~【この箇所~】では左手パートの内声を少し強調しつつ、右手のトリルと内声を同時にこなす箇所もさり気なく決めています。

直後にあるこの曲の難所と言える単音トリルから三度重音トリルへ滑らかに移行する箇所=1:45~【この1:39~】では、ロルティにしては詰めが少し甘い気がするものの滑らかに切れ目無く表現しています。
次は第一主題で恐らく最も盛り上がる箇所の少し前=2:13~【この箇所~】ですが、内声の整理の仕方が抜群に上手いです。
また少し先、第二主題に頻出するフレーズ=3:10など【この3:06~】は、これ以降にも頻繁に出てくるフレーズですが、所々で若干タメが少ない為に付点の表現が甘くなっています。
この後にも再び前述の単音トリルから三度重音トリルへ滑らかに移行する箇所=5:58~【この箇所~】がありますが当たり前のようにスムーズな処理を見せています(添付音源もかなりスムーズですが、トリルに集中しすぎたせいか左手パートへの意識がお留守になっています)。
 さらに少し後、「piu mosso(さらに速く)」の指示がある箇所=6:37~【この箇所~】は左手の移動が結構あったりして少なくない奏者がかなり粘った表現をする箇所でもありますが、ロルティはサクサクと進みすぎている気がしないでもなく、淡白すぎる表現と感じる方も居るかもしれません。



さて、一通りザッと見てきましたが、このCDで聴けるロルティのアプローチ・演奏姿勢はほぼ一貫しています。箇条書きにしますと以下の様になります。

■全体的に速いテンポでフォルテを鳴らしすぎない軽め(軽すぎ?)の表現
■横の線を明確に表現する。ただし、不必要に強調しすぎない
■細部の丁寧な表現
■歌い回しは濃い目

ハッキリ言ってしまうと、初めて聴いた時のインパクトは余り強くないかもしれません。と言うのも、例えばカツァリスの様に誰もがテンポを押さえ気味にしてしまうような難所であえてこれ見よがしなテンポアップをする事もなく、ユジャ・ワンの様に難曲で速めのテンポを採用して無理矢理インテンポを死守する様な事もなく、ポゴレリチの様に明らかに奇妙な表現をする訳でもなく、ホロヴィッツ等の様に不意を突く爆音フォルテで聴き手を驚かすような事も無いからです。
 ロルティは基本的に「当たり前の事を当たり前に」表現しているだけです。しかし、例えば舟歌の様に当たり前の事を当たり前に実行しにくい難曲をこれほど自然に表現できるのは特筆すべき点と言っていいと思います。



ロルティやアンスネスのように難しい事を涼しい顔でサラッと表現するタイプの達人は、色んな意味で損をしているような気がしてなりません。


【採点】
◆技巧=93~89
◆個性、アクの強さ=75
◆「理由はあるんだろうけど、夜想曲は別にしてくれよ」度=100