2012年11月30日金曜日

ブラウニング 【ショパン:練習曲集・作品10&25】



 今回はジョン・ブラウニングが1968年に録音したショパンの練習曲集を取り上げます。ブラウニングはバーバーのピアノ作品の演奏で有名な奏者ですが、この録音も「快速テンポによるショパン・練習曲」として一部で有名(らしい)です。

では、今回も急速系の曲を中心に数曲ピックアップして見て行きたいと思います。

【作品10-1】
 一曲目からかなりの快速テンポで弾いていますが、この演奏で快速テンポの他に特徴的な事は二つ。
 まず一つ目ですが、曲全体を通して強弱変化が余りありません。大抵の場合、中間部のアタマ=この辺りで弱く弾いて変化を付けたり、中間部の後半にある反復進行の箇所=この辺りでクレッシェンド(徐々に強く)させて盛り上げたり、コーダ=この辺りから再び弱く弾いて収束を表現したりしますが、ブラウニングは冒頭から最後まであまり変化なく進んでいきます。
 二つ目は、テンポの揺れが殆ど見られない事で、再現部直前の箇所=この1:09辺りにかけての箇所や、曲の最後ですら必要最小限のテンポ変化しかさせていません。

 右手のアルペジオは快速テンポにも関わらずかなり正確ですが、どちらかと言えば、指の回る奏者がササッと軽く弾いてみたと言う感じが強いです。

【作品10-2】
 この曲もかなり速めのテンポを採用していますが、冒頭から下に添付した楽譜の赤丸で囲っている右手の1指(親指)と2指(人差し指)で打鍵する和音のコントロールが出来ておらず、
あろう事か、曲中のあちこちで右手・内声の音抜けが見られます。特に分かり易い所(音抜けが酷い所)は中間部直前の0:22~0:26辺り=この辺り~0:33の箇所で、内声の和音がほとんど打鍵されずにスルーされています。
 速めのテンポを採用したために指がもつれて所々不明瞭になったのであればまだ分からなくはないですが(この曲では通常テンポでもそう言った事がよくありますし)、これだけアカラサマに音が抜けている(抜いている)のは初めからちゃんとした演奏する気が無かった証拠としか考えられません。
もしブラウニングが平気でこの演奏を世に出したとしたら、ピアニストとしての誠実さが全く感じられないふざけた行為と指弾されてもしょうがない程の仕上がりです(もしかしたら、レコード会社が全集として発売するために奏者の意向を無視して強引に収録したとも考えられますけど)。
 なお、ピアノが共振しているのか、それとも録音時の何らかのミスなのかは分かりませんが、所々で「キ~ン…」と言う耳障りな倍音(ノイズ?)が耳につきます。

【作品10-4】
 例に漏れず「かなりの快速テンポ」「控えめな強弱表現」「必要最小限のルバート・テンポの揺れ」と言う特徴を兼ね備えた演奏ですが(強弱表現は10-1よりは付けていますけど)、全体的にペダルの使用はかなり抑制気味にしながら軽めの打鍵で演奏しているため、細部までスッキリと見通しのよい仕上がりになっており、不明瞭になりやすい箇所、例えば0:07~0:09辺り=この0:07~0:10辺りの左手のフレーズ(下に添付した楽譜参照)もハッキリと表現されています。
この事はかなり残響が少ない録音のお陰もあるとは思いますが、元々の指回りが覚束なければここまでハッキリとは演奏できません。
 ただ、所々で明らかな指のもつれと思われる箇所が見られます。分かりやすい所では0:38~0:40辺り=この辺りから0:44辺りのフレーズ、右手パートもかなり危なっかしいですが、左手パートはヤッツケと言われても仕方のない出来と言えます(ここは他の奏者でも不明瞭になる場合が少なくない箇所ではありますが)。


 この様に、明らかに録り直せば良かったのにと思うミス(と思われる箇所)や危なっかしい箇所がそのまま残されているのは10-4に限った事ではなく、この録音全体の特徴と言えるかもので、全体的なノリとしては10-1の所で述べました様に「指の回る奏者が細かい事は考えずにササッと一発録りした」傾向の全集と言え、ポリーニのDG盤に代表されるような「微細なミスタッチや音抜けを徹底的に排除しようと推敲を重ねた」傾向の録音とは正反対のスタンスと言えるかもしれません。

 また、「かなりの快速テンポ」「控えめな強弱表現」「必要最小限のルバート・テンポの揺れ」それから「ペダルを余り踏み込まない」「軽めの打鍵」と言う演奏傾向も全ての曲に多かれ少なかれ共通する特徴と言えます。
快速テンポと言う点では10-9などが特徴的で、ガヴリーロフ盤に匹敵するかそれ以上に速いテンポで弾いており(ブラウニングの方がインテンポ気味なのでより速く感じます)、さすがに「そんなに速く弾いてどうするの?」と思わなくもありません。
浅いペダリングと軽めの打鍵は25-2によく出ていて、冒頭から続いてく左手パートの「タ・タ・タ、タ・タ・タ、タ・タ・タ~・・・」と言うフレーズの音形が明瞭に見えてきます。


『他の曲も基本的には上記の傾向による演奏です。終わり』で十分だと思うんですが、少し記事が短いので、あと1曲だけ取り上げたいと思います。

【作品25-6】
 冒頭からしつこい位に「快速テンポ」について言及していますが、その傾向が最も顕著に現れているのがこの曲でしょう。この練習曲集の中で10-2と並んで最難曲として挙げられる事の多いこの曲で驚異的なテンポを採用しており、弾き始めから最後の和音を弾くまで(和音を弾いた瞬間であり、余韻は度外視です)が何と1:40を切っています(参考までに言いますと、ポリーニのDG盤は1:53。意外と速くないんですよね)。
 ただ、テンポの速さに指の動きがついていっておらず、所々で重音の音抜けが見られたり、他の曲では余り見られなかったテンポの揺れも目立っています。冒頭の重音トリルからかなり危なっかしいですし、一番分かりやすい所では、最もボロが出やすい0:14辺りからと0:18辺りからの二回連続の順次下降のフレーズ=この辺りからと、直後の0:23からの箇所で、最初はインテンポで突っ込んで行きますが途中で指がもつれてテンポを落ちた上に結局は不明瞭な演奏になっていますし(テンポが落ちても明瞭に弾き切ってくれたら良かったんですけど)、二度目は少し丁寧に弾こうとしてはいるものの丁寧さとテンポの速さの折り合いがつかなかったようで、ここでも中途半端な演奏になっています。
しかし不思議な事に、この曲中で最も長い順次下降のフレーズ=この辺りでは上記の箇所と打って変わってインテンポでかなり正確な演奏を聴かせています。あくまで個人的な予想ですが、もしかすると、録音なのでバレない事を良い事にこんな風に両手で処理したのかも知れません。



  以上、駆け足で見てきましたが、この録音は一聴すると「強弱の幅が少ない」「インテンポ志向」と言う事でポリーニ・DG盤タイプに分けられるかもしれませんが、メカニックの観点から見た場合、ポリーニ・DG盤の登場以前の録音に限定して比較しても、ポリーニ・1960年盤(発売されたのは最近ですが…)の方が瑕疵の無さや安定感ともに上回っています。そうかと言って、「全体的に快速テンポ」である事以外は「インパクト」「アピール力」がもう一つ弱く、例のシフラ盤のような強烈な個性を持っている訳でもありません。

前述しました様に10-110-425-8木枯らしを聴いてもブラウニングのポテンシャルの高さは感じられますが、要所要所で弾きこぼしやミスが見られるのが欠点です。彼ならば録り直しさえすればもっと完成度が上がるであろう事は十分に予想がつきます。
しかし、録音した1968年当時ならばこの出来で普通、もしくは上出来だったのかもしれませんが、瑕疵の無い演奏が主流になった現在においては(それ自体が良いか悪いかは別にして)、この録音は突き抜けた長所・個性がいまひとつ感じられない中途半端な出来と言わざるを得ないと言うのが正直なところです。




【採点】
◆技巧=88~0
◆個性、アクの強さ=40
◆「とりあえず、この10-2は無いわ」度=100