2011年11月22日火曜日

アンスネス 【シューマン:ピアノソナタ第1番&幻想曲】



【収録曲】
シューマン:ピアノソナタ第1番
シューマン:幻想曲

 演奏内容について見ていく前に一つ。楽器自体の鳴りがそうなのか、それとも録音や編集方法に原因があるのかは分りませんが、このCDは全般的に低音が若干ブーミーである上に少しホコリっぽい音質である事を指摘しておかなければならないと思います(再生装置等により印象は変わるかも知れませんが)。


◆ピアノソナタ第1番

 最近のアンスネスの演奏でよく見られる様な極めて高度に安定しているもののどこか小奇麗にまとまった演奏表現ではなく、かなりアグレッシブな表現が聴かれ、第一楽章の印象的な序奏【この冒頭~2:39】から既にその傾向が見られます。ただ、少し入れ込みすぎたのか音価のコントロールが若干甘くなる部分があって、例えば第1主題の2:48【この箇所~】の箇所のスタッカートの処理が全般的に甘くなってしまっています。
 そこから少し先の変ホ短調に転調する3:22【この箇所~】は弾き難そうに弾く奏者が多い箇所ですが、アンスネスは持ち前の技巧で非常に安定した演奏をしている上に(ここでもスタッカートがやや甘いですが)、楽譜の指示に記されている「passionato(情熱的に)」の指示をかなり汲み取った表現をしていて流石の仕上りです。
 そこから更に少し先のコラール風?の第2主題4:18【この箇所~】での清潔感のある歌い回しと各声部への細やかな気配り(カツァリスの様に大胆な表現ではありません)も見逃せないポイントであり、次の第二楽章の「アリア」においてもその上手さを聴く事ができます。この様な丁寧で細やかな配慮こそアンスネスの特徴であり、派手な部分では一生懸命に弾くものの、緩徐部分では持て余し気味の緩慢な演奏になる傾向が多いその辺の「超絶技巧派」とは一線を画するポイントだと思います。

 第二楽章は飛ばしまして、次は第三楽章を見て行きます。ここでもシューマン特有なスタッカート含みのリズミックな処理がポイントとなりますが、特に注目したいのはイ長調へ転調した「Piú Allegro」の箇所0:47【この箇所~】の処理の見事さです。
 「leggierissimo(とても軽やかに)」の指示がある箇所にしてはほんの少し足取りが重たい気がしないでもないですが、スタッカートの表現とレガートの表現のバランスは他の演奏を圧倒する出来と言えます(細かい事を言えば和音のスタッカートが少々甘くはあるんですが、それでも他の演奏とは比べ物にならないほど良く弾けています)。
 少し先の即興風なパッセージが印象的な箇所3:39【この箇所~。この音源は繰り返しを省略しているので早めに登場しています】における歌い回しでは濃くなり過ぎず、かと言ってアッサリし過ぎないバランスの良さが発揮されています(まぁ、これは好みでしょうけど…)。

 最終楽章でも良い意味での荒さ・上手さ・安定感は変わらず、例えば3:32【この箇所~】8:20【この辺り~】の両手を交差させるフレーズは、大抵の奏者がジミに弾きにくそうに弾いたり、安全運転に徹したり、もしくは勢いで乗り切っていたりするんですが、アンスネスは苦労を感じさせず颯爽と弾き切っていて流石の出来栄えです。
 10:00【この9:56~】から始まるコーダでは悪い意味で多少ラフな感があるものの、ノリの良さを優先しているようです。



◆幻想曲

 恐らく今のアンスネスなら第一楽章・冒頭からの左手アルペジオを極力濁らないように全体のバランスをコントロールして演奏する筈ですが、この録音ではかなり速いテンポで演奏を開始して左手のアルペジオはまるでうねる様に、そして右手のオクターブ主体のフレーズは極めて力強く表現されていて、ピアノソナタ第一番でも感じられた良い意味での荒々しさが曲調の違いもあり更に増しています。
 ただし、荒々しいとは言ってもアムラン盤レベルの細部の甘さは殆ど見られず、纏めるべき所は基本的に手堅く纏めています。例えば6:05【この辺り~】の箇所では
大抵の奏者は往々にしてスタッカートの部分が甘くなったり、逆にスタッカートの付いていない16分音符のパートまで短く切って演奏したり、8分音符に合わせて変なアクセントが付いていたり、最初は頑張って弾き分けているものの半分ほどの所で力尽きたりしていますがアンスネスはかなり最後の方まで丁寧に処理しています(リンク先のYoutubeの奏者さんも健闘している方です)。

 第二楽章ではこの曲の難所として御馴染みの最後の跳躍6:07【この6:46~】の休符の表現・音の切り方の甘さが気になりますが、それ以外は積極的に文句をつけるべき箇所は無く(当然と言えば当然ですが)、いつもの事ながら極めて高いレヴェルに仕上がっていますし、第三楽章においてもやや優等生的な表現ではありますが非常に丁寧な演奏をしています。



 幻想曲の箇所でも少し触れましたが、もしアンスネスがこれらの曲を再録した場合は恐らく技術的にはこの録音よりも更に完璧に仕上げるでしょう。しかし、今年の来日公演を実際に聴いたり、N響アワーで放送されたラフマニノフのピアノコンチェルト3番(ライヴでは有り得ないと言うか、スタジオ録音でもあれだけ弾ける人はそう多くないだろうと思うくらいの凄まじい技術的完成度でしたが)を聴く限り、この録音で聴ける荒削りながらも若々しい表現は残念ながら期待できそうにありません。


 この録音は若き日のアンスネスの貴重な記録と言えます。



【採点】
◆技巧=92.9~87
◆個性、アクの強さ=83
◆EMIの良心的価格度=100

2011年11月10日木曜日

エル=バシャ 【ロシア・ヴィルトゥオーゾ作品集】



【収録曲】
ラフマニノフ:絵画的練習曲(音の絵)・作品33
バラキレフ:イスラメイ
スクリャービン:ピアノソナタ第2番
ストラヴィンスキー:ペトルーシュカからの3楽章


 エル=バシャは知名度こそあまり高くないものの超絶技巧を有した実力派であり、他の奏者とは一味違ったユニークな演奏をする事でも知られるピアニストです。基本的にはどんな曲でもペダルを余り用いずにややスタッカート気味の歯切れが良い打鍵でテキパキ・カクカク(?)とインテンポで処理していくのが特徴で、パートごとの弾き分けも上手く、演奏スタイルを端的に言うなら「少し融通の利くグールド」と言えると思います。


 絵画的練習曲の第一曲ではテンポはやや遅いものの一貫して機械的なテンポを維持しつつ持ち前のペダルを抑制した歯切れの良い演奏が聴かれます。ただ、いわゆる「ロシアっぽい演奏」と言うか、一般的にイメージされるラフマニノフ的な演奏とは掛け離れていて、主旋律ですらほぼインテンポで演奏されますし(お陰で元々ダサいメロディが余計にダサく聴こえます)、大抵の奏者が艶かしく歌い上げがちな中間部1:11【この箇所~】では他の奏者と比べると「インテンポ」と呼んでもよさそうなくらい殆どテンポを揺らさずに淡々と進んでいきます。
このアプローチ・解釈は第二曲以降も一貫していて、例えば作品33-7・変ホ長調などのリズミックな曲では解釈の一つと思えなくもありませんが、全体的に見ると違和感を覚える曲の方が多いと思います。特に作品33-3・ハ短調のような緩除系の曲では叙情的な表現よりも横の線の弾き分けにチカラを入れており、全体的な見通しが良い演奏ではあるもののやや単調・散漫な印象を受けます。
 しかしながら、うねるような表現を前面に出す演奏が多い作品33-6・変ホ短調では一音一音をハッキリと粒立ち良く打鍵・発音させており、残響が少な目のデッドな録音とも相まってこれはこれで非常に面白い表現ではあります。


 続いてはイスラメイですが、大嫌いな曲なので割愛します。

 
 スクリャービンのソナタ第2番ですが、この第一楽章でも叙情的な表現は控えられて少し速めのテンポで淡々と演奏されますが、曲調が曲調だけに「音の絵」よりは多少ムーディな仕上がりになっています。さて、前述しましたとおり、横の線の見通しの良さがエル=バシャの特徴なんですがこの楽章においてはその長所と短所が両方表れています。例えば、提示部・第二主題の2:51【この辺り~】の内声の主旋律を弾きながらその周りをアルペジオ等で装飾していく箇所では
 主旋律をしっかり表現しながら(少し機械的な表現ではありますが)全てのパートを確実にコントロールしていて流石なんですが、全てをしっかり弾き過ぎている為に主旋律以外のパートの存在感がありすぎて全体的な響きが少しうるさく感じられる結果ともなっていて評価が分かれそうです。

 第二楽章は全般的にペダル過多の傾向で、エル=バシャの長所であるペダルを抑制する事によるキレの良さが殆ど見受けられず、響きに締りが無く鈍重な印象すら受けます。この楽章こそテキパキと歯切れの良い演奏を期待していただけに残念です。
余談ですが、私の先入観かもしれませんがノンペダルを多用する奏者はペダルの扱いが上手でない奏者が少なくない気がします。つまり、ペダルを踏むと響きが飽和して細部がボヤけてしまうので止むを得ずペダルを踏まずに弾くと言うパターンが少なくないのではと思うんですが(もちろん、そうでない奏者も居ますけど)。


 最後はペトルーシュカですが、いつもの様にポリーニ盤(以下、P盤)と比較しつつ見て行きたいと思います。
 始めに、この演奏はワイセンベルクの同曲の演奏の流れを汲むモノと言え、「残響の少ない録音」「極端なペダルの抑制」「ポリーニとはまた違った機械的なインテンポ感」「細部の見通しの良さ」など、ワイセンベルクの演奏と共通点が数多く見られます。

 第一曲目の冒頭から多少遅めのテンポながら機械的なインテンポ感をキープしており、P盤と比べてペダルの使用が少ない上に和音の掴み方・鳴らし方もムラがないので非常に歯切れの良い和音連打が聴かれます。
 三連符のアルペジオが印象的な1:06~(P盤・1:01~)の箇所における各パートのコントロールはエル=バシャにしては多少出来が悪い印象ですが(中段の和音が少し不明瞭)、一般的に見れば及第点を軽く超えるものです。あと、この箇所に入る直前に一瞬だけ間が開く事を付け加えておきます。
 その直後の1:20~(P盤・1:14~)の左手・アルペジオ含みのスケール上下の箇所における粒立ちの良さと揺るぎない機械的インテンポ感は特筆すべきものですし、最終盤の2:16~(P盤・2:11~)での最低音を強調したリズミックな表現(全ての音をあまりにしっかり打鍵している為にある種の重さが感じられるので好みが分かれるかもしれませんが)と、その安定感の高さはエル=バシャならではと言えます。

 
 やや叙情的な曲調の第二曲でもアプローチにそれほど変化は見られず、冒頭から少し先の「Allegro」の箇所、0:44~(P盤・0:45)ではまるで打ち込み演奏のような機械的正確さ・粒の揃い方で、ここまでくるとコミカルにすら感じられますし、ソコから少し進んで中間部の「Andantino」の箇所、1:35~(P盤・1:34~)でもP盤がかなり叙情的な表現に感じられるほど淡々と”処理”しています。


 第三曲でも当然の様に(?)冒頭からメトロノームのようなテンポ感は変わらず、例えば0:21~(P盤・0:19)の右手オクターブでの5連符のリズムのメロディの処理もP盤以上に機械的な表現になっています。しかし、そこから少し先の1:47~(P盤・1:38~)ではインテンポが維持できていません。これは左手で和音を鳴らす合間合間にかなり跳躍をして低音(空虚5度)を前打音の様な感じで鳴らす際にどうしても間が開く為で、他の多くの奏者も和音を鳴らすタイミングや跳躍のタイミングなどを色々工夫したりしているものの程度の差こそあれ一瞬タメが入ります。特にエル=バシャの場合は小細工無しにリズムを刻んでいくので余計に跳躍する際の間が目立ってしまう結果となっています。
 さて、そこから少し先の右手の素早いポジション移動と手の交差が絡む場所、2:34~(P盤・2:25~)での発音の正確さ・明確さと半音階的な低音の動きのコントロールはP盤を明らかに上回る出来ですし、3:03~(P盤・2:54~)の箇所における多声的な処理でもエル=バシャの長所が発揮されていますが、3:18~(P盤・3:09~)の激しい跳躍が続く箇所ではさすがにいつもの明晰さが影を潜めています。
 長くなりましたのでかなり飛んで6:00~(P盤・5:43~)のセクション、ここで時折挿まれる「ダダダダッ、ダッ」と言う素早い和音連打は大抵の奏者が必ずと言って良いほど甘くなるんですが、エル=バシャは素晴らしく明晰に発音させています(聴いてきた音源の中でTopと言っても良いくらい)。
 その直後にあるこの曲最大の見せ場の跳躍が続くセクション6:24~(P盤・6:08~)においては、持ち前の機械的なインテンポ感と正確な打鍵コントロールで各パートの音量・音価(音の長さ)を確実に処理しています。
 更に少し先の7:58~(P盤・7:40~)の右手の速いパッセージの粒立ちの良さも特筆すべき点です。ちなみに、この箇所はユジャ・ワンが一部簡略化して弾いてる箇所でもありまり、具体的に言うと、8:01(P盤7:42~)からの右手パートの下の声部「ド→シ♭→ド→シ♭ ~ 」と交互に続く所を「」を連続して弾いてコッソリと難易度を下げています(一瞬で終るので分りにくいですが)。


 以上、ザッと見てきましたが、何度も指摘してきましたポイントである機械的なまでのインテンポ感に評価が分かれそうですし、叙情的な表現の弱さ(意図的に省略しているんでしょうが)にも好き嫌いが分かれる演奏だと思いますが、スタッカート気味の打鍵のキレ味や控えめな強弱表現に巧みな多声部の処理法などはグールド好きの方には相性が良いかもしれません。



【採点】
◆技巧=92~89
◆個性、アクの強さ=95
◆価格への不満度=200