2011年11月10日木曜日

エル=バシャ 【ロシア・ヴィルトゥオーゾ作品集】



【収録曲】
ラフマニノフ:絵画的練習曲(音の絵)・作品33
バラキレフ:イスラメイ
スクリャービン:ピアノソナタ第2番
ストラヴィンスキー:ペトルーシュカからの3楽章


 エル=バシャは知名度こそあまり高くないものの超絶技巧を有した実力派であり、他の奏者とは一味違ったユニークな演奏をする事でも知られるピアニストです。基本的にはどんな曲でもペダルを余り用いずにややスタッカート気味の歯切れが良い打鍵でテキパキ・カクカク(?)とインテンポで処理していくのが特徴で、パートごとの弾き分けも上手く、演奏スタイルを端的に言うなら「少し融通の利くグールド」と言えると思います。


 絵画的練習曲の第一曲ではテンポはやや遅いものの一貫して機械的なテンポを維持しつつ持ち前のペダルを抑制した歯切れの良い演奏が聴かれます。ただ、いわゆる「ロシアっぽい演奏」と言うか、一般的にイメージされるラフマニノフ的な演奏とは掛け離れていて、主旋律ですらほぼインテンポで演奏されますし(お陰で元々ダサいメロディが余計にダサく聴こえます)、大抵の奏者が艶かしく歌い上げがちな中間部1:11【この箇所~】では他の奏者と比べると「インテンポ」と呼んでもよさそうなくらい殆どテンポを揺らさずに淡々と進んでいきます。
このアプローチ・解釈は第二曲以降も一貫していて、例えば作品33-7・変ホ長調などのリズミックな曲では解釈の一つと思えなくもありませんが、全体的に見ると違和感を覚える曲の方が多いと思います。特に作品33-3・ハ短調のような緩除系の曲では叙情的な表現よりも横の線の弾き分けにチカラを入れており、全体的な見通しが良い演奏ではあるもののやや単調・散漫な印象を受けます。
 しかしながら、うねるような表現を前面に出す演奏が多い作品33-6・変ホ短調では一音一音をハッキリと粒立ち良く打鍵・発音させており、残響が少な目のデッドな録音とも相まってこれはこれで非常に面白い表現ではあります。


 続いてはイスラメイですが、大嫌いな曲なので割愛します。

 
 スクリャービンのソナタ第2番ですが、この第一楽章でも叙情的な表現は控えられて少し速めのテンポで淡々と演奏されますが、曲調が曲調だけに「音の絵」よりは多少ムーディな仕上がりになっています。さて、前述しましたとおり、横の線の見通しの良さがエル=バシャの特徴なんですがこの楽章においてはその長所と短所が両方表れています。例えば、提示部・第二主題の2:51【この辺り~】の内声の主旋律を弾きながらその周りをアルペジオ等で装飾していく箇所では
 主旋律をしっかり表現しながら(少し機械的な表現ではありますが)全てのパートを確実にコントロールしていて流石なんですが、全てをしっかり弾き過ぎている為に主旋律以外のパートの存在感がありすぎて全体的な響きが少しうるさく感じられる結果ともなっていて評価が分かれそうです。

 第二楽章は全般的にペダル過多の傾向で、エル=バシャの長所であるペダルを抑制する事によるキレの良さが殆ど見受けられず、響きに締りが無く鈍重な印象すら受けます。この楽章こそテキパキと歯切れの良い演奏を期待していただけに残念です。
余談ですが、私の先入観かもしれませんがノンペダルを多用する奏者はペダルの扱いが上手でない奏者が少なくない気がします。つまり、ペダルを踏むと響きが飽和して細部がボヤけてしまうので止むを得ずペダルを踏まずに弾くと言うパターンが少なくないのではと思うんですが(もちろん、そうでない奏者も居ますけど)。


 最後はペトルーシュカですが、いつもの様にポリーニ盤(以下、P盤)と比較しつつ見て行きたいと思います。
 始めに、この演奏はワイセンベルクの同曲の演奏の流れを汲むモノと言え、「残響の少ない録音」「極端なペダルの抑制」「ポリーニとはまた違った機械的なインテンポ感」「細部の見通しの良さ」など、ワイセンベルクの演奏と共通点が数多く見られます。

 第一曲目の冒頭から多少遅めのテンポながら機械的なインテンポ感をキープしており、P盤と比べてペダルの使用が少ない上に和音の掴み方・鳴らし方もムラがないので非常に歯切れの良い和音連打が聴かれます。
 三連符のアルペジオが印象的な1:06~(P盤・1:01~)の箇所における各パートのコントロールはエル=バシャにしては多少出来が悪い印象ですが(中段の和音が少し不明瞭)、一般的に見れば及第点を軽く超えるものです。あと、この箇所に入る直前に一瞬だけ間が開く事を付け加えておきます。
 その直後の1:20~(P盤・1:14~)の左手・アルペジオ含みのスケール上下の箇所における粒立ちの良さと揺るぎない機械的インテンポ感は特筆すべきものですし、最終盤の2:16~(P盤・2:11~)での最低音を強調したリズミックな表現(全ての音をあまりにしっかり打鍵している為にある種の重さが感じられるので好みが分かれるかもしれませんが)と、その安定感の高さはエル=バシャならではと言えます。

 
 やや叙情的な曲調の第二曲でもアプローチにそれほど変化は見られず、冒頭から少し先の「Allegro」の箇所、0:44~(P盤・0:45)ではまるで打ち込み演奏のような機械的正確さ・粒の揃い方で、ここまでくるとコミカルにすら感じられますし、ソコから少し進んで中間部の「Andantino」の箇所、1:35~(P盤・1:34~)でもP盤がかなり叙情的な表現に感じられるほど淡々と”処理”しています。


 第三曲でも当然の様に(?)冒頭からメトロノームのようなテンポ感は変わらず、例えば0:21~(P盤・0:19)の右手オクターブでの5連符のリズムのメロディの処理もP盤以上に機械的な表現になっています。しかし、そこから少し先の1:47~(P盤・1:38~)ではインテンポが維持できていません。これは左手で和音を鳴らす合間合間にかなり跳躍をして低音(空虚5度)を前打音の様な感じで鳴らす際にどうしても間が開く為で、他の多くの奏者も和音を鳴らすタイミングや跳躍のタイミングなどを色々工夫したりしているものの程度の差こそあれ一瞬タメが入ります。特にエル=バシャの場合は小細工無しにリズムを刻んでいくので余計に跳躍する際の間が目立ってしまう結果となっています。
 さて、そこから少し先の右手の素早いポジション移動と手の交差が絡む場所、2:34~(P盤・2:25~)での発音の正確さ・明確さと半音階的な低音の動きのコントロールはP盤を明らかに上回る出来ですし、3:03~(P盤・2:54~)の箇所における多声的な処理でもエル=バシャの長所が発揮されていますが、3:18~(P盤・3:09~)の激しい跳躍が続く箇所ではさすがにいつもの明晰さが影を潜めています。
 長くなりましたのでかなり飛んで6:00~(P盤・5:43~)のセクション、ここで時折挿まれる「ダダダダッ、ダッ」と言う素早い和音連打は大抵の奏者が必ずと言って良いほど甘くなるんですが、エル=バシャは素晴らしく明晰に発音させています(聴いてきた音源の中でTopと言っても良いくらい)。
 その直後にあるこの曲最大の見せ場の跳躍が続くセクション6:24~(P盤・6:08~)においては、持ち前の機械的なインテンポ感と正確な打鍵コントロールで各パートの音量・音価(音の長さ)を確実に処理しています。
 更に少し先の7:58~(P盤・7:40~)の右手の速いパッセージの粒立ちの良さも特筆すべき点です。ちなみに、この箇所はユジャ・ワンが一部簡略化して弾いてる箇所でもありまり、具体的に言うと、8:01(P盤7:42~)からの右手パートの下の声部「ド→シ♭→ド→シ♭ ~ 」と交互に続く所を「」を連続して弾いてコッソリと難易度を下げています(一瞬で終るので分りにくいですが)。


 以上、ザッと見てきましたが、何度も指摘してきましたポイントである機械的なまでのインテンポ感に評価が分かれそうですし、叙情的な表現の弱さ(意図的に省略しているんでしょうが)にも好き嫌いが分かれる演奏だと思いますが、スタッカート気味の打鍵のキレ味や控えめな強弱表現に巧みな多声部の処理法などはグールド好きの方には相性が良いかもしれません。



【採点】
◆技巧=92~89
◆個性、アクの強さ=95
◆価格への不満度=200