2011年10月30日日曜日

ポリーニ 【ショパン:練習曲、作品10&25】

今回はポリーニのショパン・練習曲集(DG・4137942)です。



 説明不要とは思いますが、本盤は数多くあるピアノ独奏曲のCDの中で最も有名な物の一つと言っても過言では無いほどの超有名盤であり、ポリーニのキャリアにおいても最も重要な一枚の一つである事は異論がないと思います。

 
 さて、「ポリーニのショパン・エチュードは主観を排した楽譜に忠実な演奏である」と言う意見を時折見聞きしますが、実際に楽譜と照らし合わせて聴いてみると、どう贔屓目に見ても欠けている、あるいは省略されている複数の要素がかなりの箇所で見受けられます。

 まず一つ目は「強弱表現の省略」で、急速系の曲において目立つ傾向にあります。判りやすい所で言うと作品10-1のコーダの部分・1:36【この1:39~】、楽譜には1小節ごとにクレッシェンドとディミヌエンドが交互に書き込まれている箇所や、

他にも「革命」の中間部0:50~【この0:52~】から等です。

 全体的な傾向として、「cresc.」や「P」「」等の記号は比較的守られていますが、「>」「<」等の記号は省略されている場合が多く見受けられます。


 
 二つ目は「声部・パートごとの弾き分け」の省略で、この要素は強弱表現よりも多く省略されています。できるだけ判り易い箇所を数例挙げますが、例えば、作品10-7の冒頭からの右手による二声の表現(三声と解釈出来なくもないですが)や、

作品10-9の冒頭からの左手・内声の表現や、

作品25-1「エオリアンハープ」の0:31~【この0:36~】から始まるフレーズの途中で登場する内声【この0:42辺りからと、0:45辺りから。下に添付した楽譜も参照して下さい】の表現など、

良いように解釈すれば「控えめに表現している」とも言えなくもありませんが、どう聴いても積極的に表現しているとは思えません。
 ショパンのエチュードをポリーニの演奏で長年親しんできた方の中には、たまにポリーニ以外の演奏でこの曲集を聴いた際に「あれ?この箇所にこんなメロディあったっけ?」と言う様な経験をした方もいらっしゃるかと思いますが(実は私がそうでした)、その原因はパートごとの弾き分けの省略にあると言えます。



 三つ目ですが、「発音時や発音後の丁寧な処理」です。
これは前述の二つの要素よりも更に顕著に見られる傾向ですが、ポリーニのこの録音はとにかく打鍵時の雑音が酷いのが特徴で、冒頭の作品10-1から「キンキン、カンカン、コンコン」と打鍵時に雑音を撒き散らしていますし、次の作品10-2の0:31~【この0:33~】からの中間部でも打鍵するたびに「コツコツ」と邪魔な雑音が嫌でも耳に入ってきますし、
極めつけは「別れの曲」の中間部の終盤、この曲の難所として名高い2:05~【この箇所~】の箇所では親のカタキのように鍵盤をブッ叩いている上にペダルの処理の雑さが相まって、ヒステリックな響きのみが耳につく締りの無い演奏になっています(作品25-10も酷いです)。
ペダルの雑さに関しては上記以外にも「エオリアンハープ」や次の曲の25-2などにおいても聴き取る事が出来ます。


 さて、今まで見てきたようにこの録音には省略されている要素が少なくいんですが、一つだけどれだけ探しても殆ど粗が見つからない要素があります。それは、「楽譜に書かれてある全て音符を音抜けやミスタッチをする事なく順番に発音させて聴き手に届ける」と言う基本的な要素です。
 
 ポリーニ以前にもショパン・エチュード全集の録音はありましたが、それらのどの録音よりも(※註、私も全ての録音を聴いた訳ではありませんが…)ポリーニは楽譜に書かれた音を正確に発音させていますし、このポリーニ盤が世に出た後に録音された物と比較してもこの点に関しては群を抜いています(あくまで「この点に関しては」って話ですが)。
例えば、作品10-2や作品25-6等はどの奏者の演奏でも念入りに粗探しすれば殆どの場合は多かれ少なかれ音抜けやミスタッチが見つかるんですが、ポリーニの演奏にはそれらが全く見当たりません(まぁ、全24曲をくまなくチェックしてみると作品10-11:08辺り【この1:10辺り】で音抜けや他の曲、例えば作品10‐4のコーダの1:42辺りの左手【この1:36辺り】にもミスタッチっぽい箇所もありますけど、そんな事を言い出したらこの他の大多数の録音なんてこの点に関しては問題外のレヴェルでしょう)。

【後日追記】
『10-2や25-6で音抜けなどが全く見当たらない』と書きましたが、「10-2」の0:11辺り、7小節目・二拍目の右手内声の和音の下側「ミ」が抜けています。失礼しました。

 
 これらの事を勘案すると、ポリーニは他の要素を多少犠牲にしても楽譜に書かれた音を順序よく発音…、いや、もっと正確に言うと、
「ショパンが楽譜に書いた音を片っ端から全てシバキあげる」ことを最優先にしたものと推察できます。
 先に挙げた強弱の表現が少なさも曖昧な発音を回避する為にとった手段の一つと思えなくもありません。


 改めて言いますが、この演奏は極めて特異な演奏であり、「非常にバランス感覚が悪い演奏」と言っても差し支えないと思います。
と言うか、それ以前に、「けっして鍵盤を叩いてはいけない~・・・」「美しい音で多彩なニュアンスをつけて演奏を~・・・」と弟子達などに教えていたショパンの楽曲の演奏としては致命的な欠陥を持っているとさえ言えます。

 ただ、前人未到の表現をした唯一無二の演奏・録音である事は疑いようの無い事実。例の有名なキャッチフレーズをモジって言うなら…、

「これ以上、何かを要求するのは酷じゃないですか?」





【採点】
◆技巧=97~60
◆個性、アクの強さ=99.9
◆「やっぱ、ポリーニは凄かったよなぁ」度=100