2013年2月28日木曜日

ポゴレリチ 【ショパン:ピアノソナタ第2番&ラヴェル:夜のガスパール&プロコフィエフ:ピアノソナタ第6番】

ブログの名前がコンパクトディスクレビューのわりに、レビューの記事が大よそ三か月ぶりとなる体たらくとなってしまいました…。




【収録曲】
ショパン:ピアノソナタ第2番・作品35
ラヴェル:夜のガスパール
プロコフィエフ:ピアノソナタ第6番・作品82


 今回は久しぶりにポゴレリチの録音を取り上げます。今回は収録曲が大曲揃いなので出来るだけ要所のみをまとめて書こうと思います。


◆ショパン:ピアノソナタ第2番


【第一楽章】

 悲劇的な序奏から既にポゴレリチらしさ全開で、「これでもか!」と言うほどネットリ・ドロドロと粘って弾いています。
 直後の第1主題・0:20【この0:16辺り~】では、楽譜には第1主題の冒頭からかなり長い間ペダルを踏む指示がありますが、
ポゴレリチはココでグールド譲りのノンペダル主体・インテンポによる表現に切り替えて演奏しています。少し先の確保の部分・0:30~【この辺り~】で多少ペダルを踏みますが、すぐにペダルを抑制気味にして再び乾いた響きを生み出していおり、全体として人工的で無機質な表現に聴こえます(明らかに意図的でしょう)。

 少し先の第二主題直前の部分・0:50~【この0:46辺り~】で、右手オクターブの動きと並行している内声の旋律、「ソ~~~ファ~ファ~ミ~~レ♭~レ♭~ド」が少し引っ込み気味なのが気になる他に、三つ目の「ファ」の音が発音されずにその前の「ファ」から伸ばされたままになっているのも気になりますが、恐らく採用した版の問題だと思われます(下の楽譜参照)。

  第二主題・0:58~【この箇所~】はいつものポゴレリチ節で、第一主題のインテンポ主体の演奏とは打って変わって恣意的な歌い回しを聴かせています。その後半部分・1:57【この辺り~】では彼の巨大な手のお陰で内声が驚くほどハッキリと聴こえてきます(本人もココを強調しようとしてるようですが)。
 直後の3連のリズムに変わる推移の部分・2:09から【この辺りから】は再びメトロノームの様なテンポ感になります。そして、変ニ長調のⅤ7をハ長調のドイツの6に読み替えて転調した少しあとの急にリズムが変わった感じになる部分・2:19【この辺り】では拍感を失った様な演奏(「1・2・3・4~」と言うリズムをちゃんと感じられない演奏)になる場合が少なくないですが、ポゴレリチに演奏ではシッカリと拍を感じられます。ただ、あまりに機械的過ぎる表現だと感じる人の方が多いと思いますが。

 提示部の繰り返しは行わずに展開部へ突入しますが・2:33~【この箇所~】、ココでは非常に癖のあるリズム表現と強弱表現をしています。特にその傾向が顕著なのは展開部で最も盛り上がる3:26~【この2:56~】で、フレーズごとにやたらとタメを作っており、まるで普通のロシアの奏者の様な(?)演奏をしています。

 再現部・4:07~【この辺りから】この楽章の再現部は第一主題が登場しません)でも冒頭から粘っこい演奏が繰り広げられており、楽章の前半(提示部)で見せたメトロノームの様なテンポ感と、展開部や再現部での癖のあるリズム感との対比によって、いかにもポゴレリチと言う演奏に仕上がっています。


【第二楽章】

 セッカチなテンポを採用する奏者が多い中、ポゴレリチは比較的遅めのテンポを採用しています。そのため、下に添付した楽譜で示した冒頭から繰り返し登場する曖昧になりがちなフレーズをハッキリと表現出来ています(ただ、後に登場してきた時の明瞭さは冒頭のそれと比べると少し劣りますが)。
  
 冒頭以降も、急速部の間・0:00~1:09【冒頭からこの箇所まで】は御馴染みであるメトロノームの様なリズム感と、これ見よがしなペダルの抜き方・抑制の仕方が印象に残ります。特に0:09~【この0:10辺り~】の上行フレーズ(後の同様のフレーズも)や、0:35~【この0:35~】の重音フレーズ、その後に続く和音連打・0:39~【この辺り】や、急速部の最後にある連続跳躍・1:01~【この1:05辺り~】でもポゴレリチはインテンポで突っ込んでいく上に、跳躍後半では完全にペダルを抜いているようです。

 中間の緩除部分・1:09~ですが、この様な緩除部分で極端に遅めのテンポ設定で奇妙な演奏をする事が少なくないポゴレリチにしては穏当な演奏と言えます。なお、再び急速部になったあとの演奏は前半と同じ様な演奏です。


【第三楽章】

 テンポ設定にしろ表現にしろ、ポゴレリチのわりに真っ当な演奏と言いましょうか、奇を衒った所の少ない演奏だと思います(つまり、取り立てて書くべき事が無いような普通の演奏って訳です)。


【第四楽章】

 序盤はやたらと遅いテンポから徐々に加速して行きます。その後は得意技である極端なノンペダルで粒立ちの良さをアピールする訳でも無いし、バスなどの特定の声部を強調して流れを見え易くする事なども余りせず、掴み所がイマイチ無いまま曲が終了します。あえて挙げる点と言えば、曲の最後【この箇所】で左手のオクターブ下げをやってる事くらいでしょうか。



◆ラヴェル:夜のガスパール


【オンディーヌ】

 少し遅めのテンポを採用して、難関である冒頭からの「ppp」の強さでのトリルを確実に処理しようとしています。あえて難を言えば、親指の「ド♯」が少し強いのと、小指の「ラ」が僅かに抜け気味になる箇所がある事、それから、左手が入ってきた直後・0:09【この辺り】にテンポが揺らいで尚且つトリルが不明瞭になるところでしょうか。この冒頭部分は右手と左手のポジションが重なる箇所が多いため(この曲は全体的にそうですが…)、手の大きなポゴレリチにとっては弾きづらかったであろう事が伺えます。しかし、そうは言ってもその辺の演奏よりクオリティは高いです。

 少し先、右手のポジションが大きく移動し始める箇所・0:57~【この0:56辺りから】は往々にして右手が不明瞭になったりしがちですが、ポゴレリチはほぼ一定のテンポを保ちつつデリケートな弱音で極めて正確に処理しています(少し遅めのテンポである事も功を奏しています)。
 
 そのあとに続く1:06~【この辺りから】は同じ様なフレーズが3回繰り返されますが、その度に強弱指示が「PPP」「PP」「P」と変化していきます。ポゴレリチはそれらをハッキリと弾き分けている上に、フレーズの途中にある左手のアクセント記号もかなり正確に表現しています(下に添付した楽譜参照)。ただ、1:20辺り【この1:19辺り。わかりにくいですが…】の「ファ♯」の音に何故かアクセントが付いていますが、アクセントを付ける必然性がいまいち感じられません(カツァリスがよくやるような内声を数音繋ぎ合せて対旋律を奏でているわけでもないですし。同士を恐らくポジション移動の際に不意に付いてしまったのだと思うんですが)。

 その直後の1:30~【この1:27辺りから】の両手で交互に和音連打する箇所の冒頭では、ポゴレリチお得意のノンペダル奏法を披露していますが、かなり違和感があります(勿論、それを狙ってるんでしょうけど)。

 少し先、2:19~【この箇所~】の両手の音域がかぶるフレーズ(この曲はそんな箇所ばっかりですが…)、ここでもフレーズの冒頭でテンポが一瞬落ちており、慎重な処理を心掛けていることが伺えますし、
 そのすぐあとの小節・2:24~【この辺りから】の内声にある冒頭と同様のリズムと音形(添付楽譜を参照)も細心の注意を払って表現しています。

 かなり先へ飛んで(まだスカルボもプロコフィエフも残ってるので…)、オンディーヌの技術的見せ場と言うべき重音フレーズが5回連続する箇所・3:44~【この辺りから】では、遅めのテンポからフレーズの開始がコレまで以上に顕著になると同時に、回数を重ねるごとに全体のテンポがどんどん速くなって行きます。
重音の精度は自体は遅めのテンポの採用もあってかなり明瞭ですが、初回時は弱音で開始しすぎたためか、冒頭部分あたりが不明瞭になっています(鳴ってる事は鳴っていますが)。
ちなみに、この箇所の重音はブラームスのパガニーニ変奏曲の例の無粋で野暮ったい重音や、ショパンの25-625-8のような規則正しい重音ではないため非常に聴き取り辛く、正直な所、私も確実に聴き取れていると言う絶対の自信はないんですが、ポゴレリチがほぼ確実に弾けていると言う事と、この演奏が凄まじいほどメチャクチャな誤魔化し演奏である事はわかります(特に終盤)。

 さて、一連の重音フレーズが終わって徐々に音楽が盛り上がっていき最高潮に達する箇所・4:17~【この辺りから】では、主旋律である「ド♯~シ~ラ~ソ~ミ♯~~レ♯~ラ♯~」と言う旋律が今一つ浮かび上がってきません。「ココにそう言うメロディがある」と意識しながら聴けばちゃんと認識できる程度には弾いていてるんですが、周囲の細かな音形や左手パートをしっかりと丁寧に弾きすぎて旋律が少し埋もれがちになっている事に加え、テンポが遅めなので横の繋がりが希薄になってしまっています。

 先へ飛んで、終盤近くにある二重アルペジオ・6:36~【この箇所~】では、冒頭のバス「ミ♭」をかなり強く演奏しているためにクレッシェンドが表現できていません。恐らく、直前の極めて静かな単音フレーズとの対比を目的にしているんでしょうが、少し奇を衒いすぎです。


【絞首台】

 かなり遅めのテンポ設定です。冒頭から続いていくアクセントの付いた「シ♭」の音による「タンタン・・・、タンタン・・・、タ~~~ン・・・」と言うリズムペダルが極めて弱く演奏されているため、他のパートが入ってきた時・0:13~【この辺りから】にリズムペダルが聴こえにくくなり存在感がかなり希薄です。
それ以降もいつも通りのポゴレリチ節ですが、ちょっと一言。
ポゴレリチは緩除系の曲・楽章や曲中の緩除部分で「かなり遅めのテンポ」「極端な弱音主体」と言うアプローチをとり、さも「何かしらの意図を持ってこの様な演奏をしていますよ」とでも言いたげな演奏をよくしますが、私個人としては、ソレっぽい曲のたびにこの手のアプローチで演奏されてしまうといい加減に「ハイハイ、またいつものアレですね」と辟易してしまいます(これはポゴレリチと同門であるプレトニョフにも多かれ少なかれ当てはまる傾向だと思いますが)。
恐らく、よほどのファンでもない限り、同じ様な印象を持つ人は少なくないのではと思うんですが、どうでしょう?


【スカルボ】

 冒頭の「ダ~~~、ラ~~~、ラ~~~…」と言うモチーフは超スローテンポで演奏されます。直後にスカルボ和音と同音連打がある訳ですが・0:06~【この辺りから】、同音連打を叩く速さ(テンポ)が異常に速過ぎます。
楽譜には冒頭のモチーフが8分音符、同音連打は32分音符で書かれています。つまり、冒頭のモチーフの一音分の「ダ~~~」と言う長さが、同音連打の4回分「タタタタ」と同じな訳ですが、
ダ~~~、ラ~~~、ラ~~~…」と同じテンポ・速さで「タタタタ、タタタタ、タタタタ、」と弾く奏者はあまり居らず、大抵は同音連打を速めのテンポで叩いており、ポゴレリチの場合にはモチーフを弾くテンポの倍くらいのテンポで同音連打を叩いています。
余り杓子定規に楽譜を守れとは言いませんが、この部分に関しては皆さん少し緩過ぎるのではないかと思うんですが。

 少し先・0:45【この0:40辺り】の冒頭の右手のリズム「タ~タ~タ~~タタ~・・・」に物凄く癖と言うかタメがありますが(後に登場するここと同様の箇所も似た傾向です)、すぐに(いつも通りの)極端なインテンポ感をともなった演奏になります。

 同音連打と手の交差が絡んでくる0:57~【この箇所~】の強弱の指示は「pp」ですが、同音連打の音抜け防止や明晰性を重視するあまり、少し強く弾きすぎな人もいます。ポゴレリチは同音連打の精度・明晰性と弱音による表現のバランスをギリギリでとりながらインテンポで処理しています(少~し交差が弾きづらそうだなぁと思わなくもないですが)。

 1:14~【この辺り~】からも右手の急速パッセージと左手の交差が絡みますが、交差した先の和音を少し強く叩き過ぎで違和感があります。

 直後の1:22~【この辺りから】、序盤の見せ場と言って良いような連続する同音連打絡みのフレーズがある箇所ですが、ほんの僅かながら弾きにくそうな感じを受ける箇所はあるものの、明晰性・安定感・速度ともに素晴らしい出来です。

 2:13~【この辺り】からは、左手パートの少し幅の広いパッセージと、右手パートに時折挿まれる素早い和音の連打を「pp(とても弱く)」で処理しなければならない箇所ですが(添付楽譜参照)、和音を確実に鳴らす為に少し強めに打鍵する奏者も居る中で、ポゴレリチは弱音で歯切れの良い演奏を聴かせています。

 少し先へ飛んで、3:06~【この辺りから】は、前述の1:22~の箇所に左手の大きな動きや前打音的なアルペジオを追加してさらに複雑にした箇所と言えますが(下に添付した楽譜参照)、左手にも前打音的なアルペジオがが登場してくる3:11~【この辺り】の四小節間はさすがに弾きづらさを隠せません(ソレまでがスムーズなので弾きづらさがなおさら目立っています)。ちなみに、添付動画の演奏では、この辺り一帯の同音連打を全て同じ指で処理しているようです。

 上記と同様の箇所は経過句を挿みながら3:19~【この辺り】、3:27~【この辺り】、3:35~【この辺り】と徐々に圧縮されていきます。
その後で、3:40~【この箇所~】に登場する2つのフレーズ(旋律)が
その直後に発展して、急速でインターバルの広いアルペジオを伴って登場します・3:49~【この箇所~】
ポゴレリチは主となる旋律もアルペジオも基本的にはしっかりと演奏していますが、旋律の一部分(上に添付した楽譜参照)を弱く弾きすぎて聴こえづらくなっています。

 少し先の4:04~【この箇所】からの「ン、チャラタ~~タタ。 ン、チャラタ~~タタ」と言うフレーズを2回繰り返すんですが(下の添付楽譜参照)、基本構造はどちらも同じながらも、2回目・4:10~(添付動画・4:04辺り~)は末尾が急速なアルペジオになり「ン、チャラタ~~ダララララララ。 ン、チャラタ~~ダララララララ」と言う感じになります。
ポゴレリチの演奏はバス(最低音)を含む左手の表現が荒っぽいため、右手のフレーズがよく聴こえず不明瞭になっています。また、2回目の最後の最後の「ダララララララ」の部分で少しテンポが落ちますが、一般的な演奏に比べるとテンポの落ち幅は少ないですし(ここで物凄くテンポが落ちる奏者がいます)、明瞭さはかなりのものです。

 直後の4:12~【この辺りから】のフレーズは和音連打と変則的なリズムが特徴で、大まかに言えば、バスの
レ~~~、レ~レ♭~ファ♭、レ~~~、レ~レ♭~ファ♭、レ~~~~、レ♭~~~~、ファ♭~~~
と言うリズムを意識すると聴き取り易いと思います。このようなフレーズの場合、ポゴレリチはメトロノームの様な杓子定規とも言える拍感(リズム感)で演奏する場合が多いですが、この箇所では拍感がいまいち定まらずフラフラしている上に、得意の和音連打もシッカリと鳴りきらず全体的にギクシャクとした演奏になっています。
この直後・4:18【この辺り】の、バスを「ダンッ!」と鳴らした後ですぐに「ダラララララ~・・・」と上昇していくフレーズでも、バスを鳴らしてから上昇し始めるまでに意味不明な間があります(場所が場所だけにある程度のタメは必要だと思いますが、少しやり過ぎです)。

 その次のフレーズ・4:22【この箇所~】の「ジャンジャ~~~ン!ダラダダ、ズダダダダン!・・・」と言うフレーズの「ジャンジャ~~~ン!」の部分の二つ目の和音が手の小さな奏者にとって掴みづらいかなり幅の広い和音で、
かなり先の8:25辺り~【この辺りから】にある上記の箇所に似た箇所でもこの和音が登場していますが、
しっかりとグリップ出来ない奏者も少なくない中、ポゴレリチは持ち前の巨大な手を駆使して素早くガッチリと掴んでいます。


他にもまだ色々と触れておくべき箇所がありますが、プロコフィエフのソナタも残っているのでガスパールについてはココまでとします。


◆プロコフィエフ:ピアノソナタ第6番


【第一楽章】

 第1主題の冒頭の「タッ!タララ~~~!タッ!タララッ!」から変にタメがあってリズムに癖があると言うか、足取りが重いです。
3度重音のモチーフはかなり明瞭に演奏できていますが、左手の表現が強く前へ出ているためにそれほど目立ちません。
 少し先の0:25~【この辺りから】の箇所も足取りが重く、所々でリズムがフラフラとして安定感がなく(この箇所へ移行してくる直前でも意味不明なタメがあります)、内声の主要な流れが掴みにくい上に、この箇所の冒頭では鮮やかだった3度重音のモチーフの表現も曲が進むにつれて不明瞭になってきます。

 少し先の推移部・0:50~【この辺りから】を経て、第2主題・1:25~【この箇所~】に突入しますが、
少し退廃的な雰囲気のこの箇所で、いつも通り遅めのテンポと極端な弱音による例のポゴレリチ節を披露しまくっています(ですので、先へとっとと進みます)。

 かなり先へ飛んで、展開部・3:35~【この箇所から】ですが、それまでのノロノロなテンポ(と言っては少し語弊がありますが)と打って変わり、極めて高速なテンポで開始され、
楽譜の「pp」の指示やスタッカートの指示を忠実に守った緊張感のある表現をしています。
4:03~【この辺り】から現れ始める第1主題の3度重音のモチーフも明瞭な表現ですが、4:27~【この辺り】からの第2主題のメロディをオクターブで演奏しつつ、合間に3度重音のモチーフを挿む箇所あたりからは、
響きの混濁が激しくなり始め、手の交差を含む装飾音のような超高速アルペジオ・4:28~【この4:03辺り】も余りのテンポの速さゆえ、ポゴレリチの演奏にしては明瞭さが今ひとつです(この速さでコレだけ弾ければ上出来かもしれませんが)。

 4:31~【この4:05辺りから】は、派手で急速パッセージが合間合間に挿まれる展開部の見せ場ですが、まずは大まかな流れを楽譜に記してみました。
ここでのポゴレリチの演奏を全体的に見てみると、展開部の主要なリズムであり推進力の要である左手の「ダラダッダッ、ダラダッダッ、ダラダッダッ、ダラダッダッ…」がテンポの速さによる粗さと深すぎるペダリングによって不明瞭になっているのがまず気になります。

さて、最初に登場する4:32~【この辺り】の技巧的なパッセージですが、
左手パートはかなり明瞭に聴こえるものの、右手のアルペジオがかなりダンゴになっている上に、音量自体もかなり小さいので「ミスタッチせずに弾けてるんだろうなぁ。多分」と言う程度の仕上がりです。

2回目・4:37【この辺り】のポジション移動の激しい超高速フレーズでは、誰の演奏でもほぼ例外なく不用意なテンポの揺れやテンポダウンが見られますが、ポゴレリチもその例に漏れません。
テンポの揺れが見られてもその分だけフレーズの明晰さの向上などが見られれば良いんですが、それも見られず、勢いで突っ切っていった感が否めません。

3回目・4:47~【この辺りから】の少し息の長い上昇フレーズでも、
ペダルによる濁りがかなりあってポゴレリチ特有と言える粒立ちの良さがそれほど感じられませんが、この速いテンポでもキッチリとしたリズム感・拍節感を維持している点はさすがと言えます。

これまでの3つのフレーズを見てきてあらためて言える事は、この異常なテンポ設定により細部の精度が多かれ少なかれ犠牲になっていると言う事ですが、この無茶なテンポ設定によってもたらされる猛烈な疾走感は細かな事を抜きにして魅力的でもあります。恐らく、「このテンポでここまで纏めたポゴレリチの実力は凄まじい」と感じる人と、「テンポを落として精度をもっと追求すべき」と感じる人に分かれると思いますが、これらの表現は色んな意味でポゴレリチにしか成し得ないであろう事は多くの人が感じるのではないでしょうか?(贔屓し過ぎ?)

これ以降の展開部と再現部は字数の関係で端折りますが、基本的にはいつものポゴレリチのあのノリです。



【第二楽章】

 「p」の指示、スタッカートの和音連打(と言うか4声)で開始する楽章ですが、
実際には「pp」の強さで弾いているんじゃないかと思うほど小さい音量な上に、弱音ペダル(左のペダル)を踏んでいる様なソフトな音色(と言うか、抜けの悪い音色)による演奏なので少々聴き取りにくいためもどかしさを感じますが、テンポがかなり速めなので足早に曲が進んでいきます。

 少し先へ飛んで、0:50~【この1:00辺りから】は、時には1オクターブを超える幅の広い和音を右手でスタッカートに弾きつつ、左手が2オクターブに及ぶポジションチェンジをしながらアルペジオを弾いていくこの楽章のキモと言える箇所ですが、
pp」の指示通りにかなりの弱音で弾いている事や(と言っても、冒頭の「p」の箇所と同等、もしくはそれより強く弾いてますが)、テンポの速さも相まってアルペジオはハッキリと聴きとりにくく、所により殆どダンゴになっている箇所・1:15辺り~【この辺りから】もあってそれなりの出来ですが、和音のキャッチは確実にこなせていますし、手の小さな奏者ならバラして弾きそうな和音もバラさず弾いています。

 中間部はいつものアレですので飛ばして、再び例のアルペジオが始まる箇所・3:52~【この辺りから】見ていきます。ここでも先ほどの0:50からの箇所と同様の傾向ですが、一箇所・3:58辺り【この辺り】で結構目立つ譜読み間違いがあります(詳細は下に添付した楽譜参照)。
そのすぐ後、急速なパッセージが連続する箇所・4:01~【この辺りから】は、
テンポの速さゆえにフレーズが流れがちになっている感が無きにしも非ずですが、手堅くまとめていると言えます。

【第三楽章】

 4:53~【この辺りから】の急速なフレーズの粒立ちや機械的なインテンポ感がいかにもポゴレリチらしい仕上がりですが、その他の緩除部分もいつも通りの仕上がりですので、さっさと次の楽章へ進みます。


【第四楽章】

 第二楽章と同様に冒頭は「p」の指示ですが、ここでもお約束の様にイヤらしいほどの弱音で開始しているので、
テンポはそれほど速くは無いものの、何やらボソボソと早口で喋っているようなハッキリとしない表現です。

 0:22~【この辺りから】は、右手のフレーズが前へ出てきており、ここでは記譜されているスラーやスタッカートなどのアーティキュレーションの指示を過剰に表現しています。

 0:41~【この辺りから】の速いパッセージでようやくポゴレリチらしい粒の揃った打鍵が聴けますが、少し先の1:03~【この辺りから】の主題部分になると再び弱音による演奏になり、1:08~【この辺りから】のシステマチックに上行していく16分音符のフレーズの最後では弱めの打鍵による音抜け(微かに発音されているようにも思えるので、カスりと言えなくもないかも)も見られます。

  また少し先、1:14~【この辺りから】の箇所では右手フレーズはハッキリとした打鍵ですが、始終スタッカートが付いた左手パートの打鍵が意味不明に弱く、再び明らかな音抜けが見られたり、ポゴレリチにしては珍しいミスタッチなども見られます。

 新しく登場するテーマ・1:33~【この辺りから】の冒頭「チャラタッ、タッ、タッ、タッ、タッ、タッ、タッ、タッ…」と言う箇所の強弱表現は極めて恣意的で鼻につきますが、随時挿まれる16分音符による速いパッセージの明晰さはさすがで、1:53~【この1:48辺りから】の左右の手が交互にフレーズを受け持つ箇所も安定感があります。

 緩除部分の中間部は飛ばして、4:01~【この辺りから】再び急速部に戻りますが、そこからの息の長い急速なパッセージも当然のように鮮やかなので、その次の緩除部分・5:21~【この箇所~】を見て行きます。この箇所は前述の0:22からのテーマが主となる箇所ですが、聴いている分にはそれほど目立たないわりに楽譜を見ると左手パートが結構忙しい箇所だとわかります。
この手の箇所は急速で派手な箇所と違って注意が行きにくいですが、ポゴレリチは几帳面なまでに丁寧な処理をしています(多少表現に癖はありますが)。

 緩除部分が終わって徐々に再加速を始める箇所・5:50~【この辺りから】、ここからはリズムに癖があって綺麗に「1、2、1、2…」とリズムを感じさせる演奏が難しい箇所で、特に5:58~【この辺りから】は途中で拍子の変更等はないわりにその傾向が顕著ですが、ポゴレリチは安定した演奏によりリズムやテンポの揺れを感じさせる事のなく見事に弾き切っています(人によっては機械的すぎる演奏と感じられるかも)。

 クライマックスの6:12~【この辺りから】はペダルが過多気味で、右手はかろうじて何を弾いているか判りますが、左手がボンヤリしすぎなのが難点です(大抵の奏者はココでそう言う演奏をしますが)。





さて、かなり駆け足でザッと見てきましたが、このCDでは前回取り上げたベートーヴェンのソナタやシューマンの交響的練習曲のCDとは少々異なっており、果敢なテンポ設定をしている部分があって、アグレッシブな表現がより目(耳)につきます。

中には「もう少しテンポを落としてもっと細部の精度を向上を目指せば~・・・」等と言う意見もあるかもしれませんが、ここで聴ける演奏でも十二分に素晴らしい物であり、それぞれの曲の競合盤と比較しても何ら遜色はないばかりか、どれもトップクラスの仕上がりと言って良い出来です。


収録されている曲の中で一曲でも興味のある曲があれば是非とも購入して聴いてみる価値のある録音だと言えます(ただし、ポゴレリチの表現が生理的に受け付けない人は除く)




【採点】
◆技巧=96.5~85
◆個性、アクの強さ=100
◆「このジャケットと比べると、ポゴレリチも歳をとったなぁ」度=200