2011年9月20日火曜日

ハフ 【ショパン:後期作品集】

今回はイギリスの凄腕ピアニスト、スティーヴン・ハフのショパン後期作品集(Hyperion・CDA67764 )を取り上げます。



 ハフの演奏スタイルを端的に表現すれば「完成度の高い技巧とスマートで奇を衒わない演奏表現が特徴の新世代(?)ヴィルトゥオーゾ」と言えるでしょう。ショパンやリストのようなメジャーな作曲家の曲からマイナーな作曲家の小品まで取り上げるレパートリーの広さも特徴です。


収録曲
「舟歌 嬰ヘ長調 Op.60」
「マズルカ ヘ短調 Op.63-2」
「マズルカ ト短調 Op.67-2」
「マズルカ 嬰ハ短調 Op.63-3」
「マズルカ ヘ短調 Op.68-4」
「幻想ポロネーズ 変イ長調 Op.61」
「夜想曲 ロ長調 Op.62-1」
「夜想曲 ホ長調 Op.62-2」
「ピアノ・ソナタ第3番 ロ短調 Op.58」
「子守歌 変ニ長調 Op.57」


 CDの一曲目に重音が所狭しと並ぶ難曲「舟歌」を持ってきていますが、彼の高い技巧によって極めてスムーズに処理されていてます。特にポリフォニックな表現が素晴らしく、重音を含む複雑な横の線のつながりをこれほどしっかり整理して鮮やかに弾き分けるのは彼ならではと言えます。
 例えば、1:41~【この1:39~】から単音トリルで開始してすぐに重音トリルへ移行する箇所ですが、
上に添付した楽譜の通り、単音トリル開始時から「cresc.(徐々に強く)」して次の小節のアタマで「」の強さへ持って行き、そこから「dim.(徐々に弱く)」させる訳ですが、この箇所は強弱表現はおろか、重音トリルを弾くだけで必死になってガチャガチャした演奏になってしまう奏者もいる中で、ハフは何の問題も無いかのように極めて自然にこれらの強弱表現を行っています。
 他には、3:07~【この3:06~】に登場し、それ以降も頻繁に現れるフレーズを受け渡す箇所のコントロールは流石の上手さです。



 続いてはマズルカが4曲続きますが全て短調の曲です。ハフは元々大袈裟な表情付けをしない奏者ですが、ここでも微妙で繊細な表現に徹しています。で、マズルカの短調の曲は陰鬱な雰囲気の曲が多いですが、ハフの淡々とした演奏はその雰囲気をさらに助長させていて、これは好みが分かれる所だと思いますし、人によっては淡々としすぎていて退屈とすら感じられるかもしれません。

 幻想ポロネーズは個人的に余り好きではないんですが一言。マズルカとは打って変って表情の変化の激しさが印象的です。特に終盤での熱い表現はハフにしては珍しい部類のものです。

 続くノクターンの2曲ですが、これはマズルカと同じような傾向で、かなり頻繁に表情を変えるんですがあくまで微妙な変化に止めていて内省的で枯れた印象を与えます。


さて、いよいよソナタ3番です。
 冒頭から第一楽章の第一主題・確保の部分0:18~【この0:22~】の表現のクドさが少々きついですが、同じく第一主題の推移部分直前0:46~【この0:49~】の右手4度重音含みの下降フレーズでペダルを外してスタッカートで弾くのは面白い表現です(なお、展開部の終盤にある似たような箇所5:56~【この5:41~】でもスタッカートで弾いてるんですが、その箇所では楽譜にスタッカートで弾くよう指示があります)。
これ以降もコロコロと表情を変えるのですが、その変化が大きいのが特徴で、特に展開部4:02~【この3:52~】における粘っこい表現(強弱表現や歌い回しがかなり濃厚)はハフにしては意外な感じですが、特に左手パートの粒立ちの良さにはらしさを感じます。

 第二楽章ですが、はっきり言ってしまうとハフにしてはいまいちな出来です。ハフの技巧的な特徴の一つに右手のパッセージのキレ・俊敏さ・軽やかさが挙げられ、本来この楽章は彼向きのものと思うんですが、指捌きがいまいち重い印象で、ハフにしては「鈍重」とすら感じられます(これが他の奏者であればかなり上出来なレヴェルと思えるんでしょうけど)。

 第三楽章はあくまで淡々とした表現で進んで行って第四楽章の冒頭を迎えます。
序奏はかなり勢いよく開始され、その後のロンド主題・0:11~【この0:11~】の盛り上げ方も上手く、特に右手・オクターブで主題を演奏するようになる箇所・0:30~【この0:31~】からはバス(最低音)の力強くハッキリとした表現が印象的です。
その次の速いパッセージが登場するセクション・0:54~【この0:56~】はソレほど悪くは無いんですが第二楽章で見られたような重さも感じられ、特に1:19~【この1:20~】などはテンポこそ颯爽としてはいるもののキレに欠ける印象すら受けます。ただ、決して下手ではないですし(と言うか、普通に上手いです)、もしこれが「ハフの演奏」と言う事でなければ印象もかなり異なると思うんですが。
さて、再びロンド主題の登場1:43~(この1:44辺り~)ですが、変化をつけるために初回よりも濃厚な歌い回しになっています。と言うか、曲が進行するにしたがって表現がどんどん大袈裟になって行って昔のヴィルトゥオーゾ風な演奏(テンポの伸縮具合や癖のある強弱表現や要所で挿まれるタメとか)になるんですが、これは「この楽章に合った適切な表現」と賞賛する人と「ハフにこんな演奏を求めていない」と批判する人とに分かれそうな表現です。


 子守唄はソフト・ペダルを常時踏んでいるかの様なくぐもった音色で消え入りそうな弱音を主体に演奏しています。かなり速めのテンポを採用しているので速いパッセージでは「?」と思う所も無くはないものの、舟歌で見せたようなポリフォニックな表現や重音の処理の上手さが際立っています。演奏表現自体はかなり淡々としていて、かなり駆け足で通り過ぎていく印象ではあります。



 全体的にとてもレベルの高い演奏ですし、「さすがはハフ!」と思わせる箇所もありますが(当然と言えば当然ですが)、要所要所で「ハフならもう少し・・・」と言う欲求不満が出てくることも事実です。
 ハイペリオンに移籍してからのハフはどこか落ち着いてしまっていて、ヴァージンで録音していた時期の凄みが無くなってしまったと思うんですが、これも時の流れと言うものでしょうか。


【採点】
◆技巧=91~85
◆個性、アクの強さ=60
◆「ハフならもっと出来るのでは?」度=95