2011年9月18日日曜日

ガヴリーロフ 【シューマン:謝肉祭&パピヨン&ウィーンの謝肉祭の道化】

今回はアンドレイ・ガヴリーロフのシューマン作品集(EMI・TOCE13217)を。




 ガヴリーロフと言えば、前回取り上げたキーシンより一昔前の世代の「極めてロシア臭い演奏をするピアニスト」の代表的奏者で、その超人的な技巧を駆使して唯一無二の録音を残しました。特に「シフラ盤の精度が高いヴァージョン」と言える様なショパン練習曲の録音は有名です(のちのち取り上げようと思います)。

収録曲は
「謝肉祭」
「パピヨン」
「ウィーンの謝肉祭の道化」


 さて、本題に入る前に上記の「ロシア臭い演奏」とはどう言うものか、人により多少印象が異なるとは思いますが、私個人が感じる特徴を列記したいと思います。

■俊敏でスポーティな指回り
■強靭な打鍵
■ピアノ全体が振動するような爆音フォルテや輝かしいピアニッシモを含む幅広い強弱表現
■急速調の曲における凄まじい攻めの表現
■大らかで堂々とした歌い回しと、それに伴う緩徐部分におけるクド過ぎる表現

以上の要素がどの作曲家のどの曲においても多かれ少なかれ顔を出す(出してしまう)のも特徴でしょう。


 謝肉祭の「前口上」から彼持ち前のフォルテを含む強弱表現が印象的です。特に、手の小さい人ならバラしてアルペジオにしてしまいがちな幅の広い和音、わかりやすい所では0:09あたり【ここの左手の和音など】などの左手なども
巨大な手を持つ彼はしっかり鳴らしきります。1:30から始まるアッチェレランド【この1:44辺り~】の表現では軽快な指捌きとよく通る弱音を駆使して余裕で処理していて見事です。
 続く「ピエロ【この曲】」や「高貴なワルツ【この曲】」、他は「オイゼビウス【この曲】」「告白」などのどこか湿り気のある叙情的な傾向のある曲での強弱表現と歌い回しは例によって(?)少々やりすぎな感もあるのは御愛嬌。逆に「アルルカン【この曲】」や「パピヨン【この曲】」などの快活な曲や急速調の曲は彼の独壇場。特に「ドイツ風ワルツ/インテルメッツォ(パガニーニ)」の「インテルメッツォ(パガニーニ)」・0:47~【この曲(0:52まで)】は相当のテクニシャンでも非常に弾きにくそうに弾く曲で、「そこそこ上手い」程度の演奏ならば聴いてる側には「何だかバタバタ弾いてる」や「何を弾いてるのかよく分からない」位の印象しか残らない事が多く、奏者によってはテンポを押さえ気味にして安全運転したり(速度指示は「プレスト」ですが)、ペダルの踏みまくって速度を追求している場合があるのですが、そんな中でガヴリーロフの速さ・鮮やかさは特筆すべきものです。
 ちなみにこの「パガニーニ」ですが、スタジオ録音ですら苦しさを隠せない人が多い訳ですから生演奏は推して知るべしな訳で、興味のある方はYoutubeの生演奏動画でその惨状を御覧下さい。

 話が逸れましたが、このCDに収録されている「謝肉祭」「パピヨン」「ウィーンの謝肉祭の道化」の全てにおいて、「速い所は速く、遅い所は朗々と歌って」と言う基本パターンは変わりません。さらにその両者の落差が大きいのも特徴であり、ナイーブな曲調で見せる悩ましい表現のクドさも印象に残ります。それに加えて、これもロシアの奏者の特徴と言えるかもしれませんが「曲中に速いパッセージや派手なアルペジオがあるのを発見すると、とりあえず全速力で鮮やかに処理する(してしまう)」と言う姿勢が見られます。曲に合っていれば良いんですが、「パピヨン」の第2曲の冒頭での派手な両手ユニゾンでのアルペジオから両手交互オクターブ下降(?)のフレーズ【この0:52~】
確かに上手いんですが、余りに鮮やか過ぎてある種の押し付けがましさすら感じられますし、「ウィーンの謝肉祭の道化」の第四曲「インテルメッツォ【この曲】」では、湿っぽい表現とアルペジオの押し付けがましい表現が喧嘩しあって焦点が定まっていません。
 ただ、これらの事はロシアの奏者ではよく見受けられる事で取り立てて珍しくはありませんし、その手の演奏がお好きの方は気にもなされないかもしれません。さらに付け加えるならば、曲ごとの表現の落差の激しさは「シューマンらしさ」を演出する上では必ずしもマイナスではないと言えます(何をもって”シューマンらしさ”とするかによって異なるとは思いますが)。


 兎にも角にも、ガヴリーロフの絶頂期に録音されたこのシューマン作品集。凄まじい技巧を存分に味わいたい方や、重厚なシューマンを満喫したい方は何はなくともチェックしてみてください。


【採点】
◆技巧=93~90
◆個性、アクの強さ=95
◆ロシア(ソ連)度=100