2011年9月16日金曜日

キーシン 【スクリャービン&メトネル&ストラヴィンスキー】

今回は元神童、エフゲニー・キーシンのロシア作品集(RCA・82876653902)を。



 キーシンと言えばその強弱表現の幅広さを活かして緩徐系の曲では非常にクドイ歌い回しで演奏し、急速系の曲では力強く俊敏かつ正確な打鍵能力を遺憾なく発揮してセッカチとも思える速いテンポで征服していく芸風(?)で知られる奏者で、現役の中堅ではルガンスキーと共に「極めてロシア臭い演奏をするピアニスト」の代表的な奏者と言えるでしょう。
特に、リストの「鬼火」やショパンの「24の前奏曲」の第16番、ブラームスの「パガニーニ変奏曲:第一巻・第14変奏」等の急速調の曲におけるテンポの速さと強力で正確な打鍵は、細かい事を抜きにして聴く者を圧倒する説得力があります。

では、収録曲を
スクリャービン:5つの前奏曲,作品15
スクリャービン:ピアノソナタ第3番
メトネル:追憶のソナタ・イ短調 Op.38-1~忘れられた調べ 第1集 Op.38より
ストラヴィンスキー:ペトルーシュカからの3楽章


 最初の「5つの前奏曲」からクドイ歌い回しが聴かれますが、曲自体が初期のスクリャービンらしい濃厚でロマンティックな作風なので親和性がある上に、彼の持ち味である明晰な弱音の魅力が溢れていて中々の仕上がりです。
 続くソナタ3番も第一楽章から強靭な打鍵によるフォルテが印象的です。第二楽章の寸詰まりとすら感じられる「前へ!前へ!」と突き進むテンポ感は多少やりすぎな感もありますがこの楽章の性格に合っていますし、第三楽章では前述の弱音を駆使した表現がピタリとハマっています。が、最終楽章【この5:49辺り~。アタッカ(前の楽章から休み無く開始される事)の指示があるので】では、冒頭からのいかにもスクリャービンっぽい左手のインターバルの広いアルペジオが何故か曖昧かつ引っ込みがちで、
オクターブ主体の箇所・0:29~【この6:09~】や2:27~【この7:58~】の時だけ左手が異常に突出するバランスの悪いものになっています。



メトネルは余り馴染みが無いので省略します。

 さあ、このアルバム最大の目玉(人により違うでしょうけど)の「ペトルーシュカからの3楽章」、あのキーシンがどう料理するのか、いやが上にも期待が膨らみます。
 第一曲、冒頭から気になるのは、それまでの収録曲と違ってやけに残響の多い録音である事で、ペダルの過剰な使用と相まって0:22~(ポリーニ盤では0:23~の所)の右手オクターブ含みの連打の箇所では左手パートが混濁しており何を弾いてるのか非常に分かりづらくなっています。が、逆に0:54~の左手による速いフレーズ(ポリーニ盤0:55~)はポリーニ盤を上回る明晰さですし、続く1:01~(ポリーニ盤1:02~)のクロスリズム的な箇所もまずまず無難に処理しています。しかし、終盤に差し掛かっても過剰なペダリングによる響きの飽和・混濁は続き、2:07~(ポリーニ盤2:11~)でも右手パートのみが突出してリズミックな左手が表現されていません。
 
 第二曲でも同じ傾向ですが、弱音で聴かせられる箇所が多い為にさほど悪い出来ではなく一曲目よりはいい仕上がりです。
 で、この曲の見せ場とも言うべき第三曲はキーシンらしい速いテンポで開始され、のちの展開に期待を抱かせます。が、残念ながらここでも過剰な響きにより細部の表現が犠牲になりがちで(テンポが速いので尚更)、2:42~(ポリーニ盤2:46~)や3:06~(ポリーニ盤3:09~)では響きがほぼ飽和しきってしまっています。
 さらに曲は進んで行き、3:34(ポリーニ盤3:38~)からの箇所において信じられない事件(?)が発生します(以下の文を読む前に、キーシン盤とポリーニ盤の両方をお持ちの方はまずポリーニ盤から聴かれる事をお勧めします)。

左手のパート、グリッサンドから【ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダン、ダ~~~~ン
と奏でたその直後に続くフレーズ、
ダン、ダン、ダン、ズッチャッ!ズッチャッ!ズッチャッ!ダ~~~~ン

この【ズッチャッ!】の【チャ】の音、これはオクターブ上へ跳躍するので多少弾き難いとは思う箇所ですが…


キーシン、オメェ、この音を殆ど抜いてんじゃネェ~カ!

これ以降にもこれと同様の箇所が何度かありますが(3:47~、4:23~、4:32)、そこでもやっぱり抜いちゃってます。

 う~ん、マツーエフの同曲の録音での「例の跳躍の箇所の終わりから突然ワープ事件」並みの不可解さです。キーシンなら一発録りでももっと出来る気がするんですが。

 出来ない奴なら「まぁ、こんなもんでしょ」と諦めもしますが、キーシンだけに納得がいきません。レーベルも移籍した事だし再録して貰うしかないですね。


【採点】
◆技巧=83~75
◆個性、アクの強さ=90
◆録り直せ度=100