2011年9月15日木曜日

アンスネス 【リスト:ピアノリサイタル】

今回は今年生誕200年のリストの作品を収録したアンスネスのCD(EMI・CDC5 57002 2)を取り上げたいと思います。



収録曲は
ダンテを読んで・ソナタ風幻想曲(巡礼の年第2年イタリア・第7曲)
忘れられたワルツ第4番
メフィスト・ワルツ第4番
ノンネンヴェルト島の僧房・悲歌
バラード第2番ロ短調
メフィスト・ワルツ第2番
詩的で宗教的な調べ~第9曲「アンダンテ・ラクリモーソ」
メフィスト・ワルツ第1番「村の居酒屋での踊り」



 アンスネスはそのイカツいルックスからは想像できないほど繊細なピアニズムの持ち主であり、その繊細さは彼の持つ世界トップクラスと言っても過言ではない超絶技巧で支えられています。彼のピアニストとしての穴の少なさ、トータルバランスの良さは本当に特筆すべきものですし、生演奏でのコントロール能力の高さも素晴らしく、間違いなく現代を代表する奏者と言えます。

 さて、「超絶技巧の演奏」と言えば、ホロヴィッツやシフラの様な一聴してそれと分かる様な「ヴィルトゥオーゾ系」と、どのような曲でも苦しさを感じさせずに極めて洗練された演奏をする現代的なタイプに分けられます。後者の代表的奏者としてはルイ・ロルティやスティーヴン・ハフが挙げられ、ここで取り上げるアンスネスも後者に属しています(あくまで大雑把な分け方で、ヴォロドスのように生演奏では前者、CDでは後者に近い演奏をする奏者もいます)。

 冒頭の「ダンテ」から、往年のいわゆる”リスト弾き”に見られるような濃厚な表現は避けられ細部の見通しが良く淀みのない洗練された演奏が聴けます。例えば、減7の上昇アルペジオから「リストの半音階」へ続く一連のフレーズ・3:06~【この3:15~3:28辺り】など響きが非常に濁って細部が聴き取りにくくなりがちな箇所でも上手くコントロールしています(ココは一音一音を明確にする必要はなく迫力を重視するべきと言う方も居るでしょうけど)。
 他にも「バラード2番」「詩的で宗教的な~」での彼持ち前の美音を活かした端正な歌いまわしが印象的です(これらの曲に限らず彼の美音は全曲に亘って堪能できます)。
 「メフィストワルツ第1番」や「メフィストワルツ第2番」での速いパッセージにおける粒の揃った音や、同じくメフィストワルツ第1番の難所として有名すぎる例の跳躍の箇所・8:20~【この8:42~】
の処理など、全てが高いレヴェルで行われていますが、余りに安定している為に若干スリリングさに欠けると感じる人もいるかもしれません。

 全体的に見ても「欠点の余り無い優れたアルバム」と言えますが、あえて不満と言うか嫌味な言い方をすれば、多少まとまり過ぎな感もあり「手堅い演奏」「どことなく安全運転な傾向のある演奏」と言えなくもありません。

 さらにもう一つ不満な点を挙げるならば、フォルテの表現が若干弱い点です。これはアンスネスの様な緻密な演奏表現を身上とするタイプの奏者が陥りやすい傾向でもあります。
 ピアノ全体が振動する様な強靭なフォルテはどうしても細部を覆い隠してしまう為にセーブする(してしまう)のだと思うのですが、ダンテソナタのような曲ではフォルテを出す事に対する消極性はともすると聴き手にコジンマリとした印象与え、作品の持つ荘厳さ、雄大さを損なう要因ともなります。特に、古いタイプの奏者を好む方がこのCDを聴くと、程度の差こそあれ物足りなさを感じられるかもしれません。

 アルゲリッチのようなコントロールを失った演奏は論外ですが、良い意味でもう少し勢いのある演奏だとより素晴らしい演奏になったと思うのですが。




 何はともあれ、ここで聴ける演奏は迫力の点で「余りに優等生的演奏」などと不満を示す人は出てくるかもしれないですが、現代的な意味での技巧的な完成度において不満を示す人はまずいないであろう上質なものであると言えます。


 最後に、今年で41歳になったアンスネスは最近録音した「展覧会の絵」の録音において、ここで紹介したリスト作品集では余り聴かれなかった「思い切りの良いフォルテ」を躊躇せずに表現するようになりました。
 緻密な表現と強靭なフォルテ表現をどう融合させていくのか、これからのアンスネスの活動から目が離せません。

あ、もうすぐ来日公演が行われる事も付け加えておきます。


【採点】
◆技巧=89
◆個性、アクの強さ=40
◆洗練度=95