2011年12月7日水曜日

プレトニョフ 【ベートーヴェン:ピアノソナタ集】



【収録曲】
ベートーヴェン:ピアノソナタ第14番「月光」
ベートーヴェン:ピアノソナタ第21番「ワルトシュタイン」
ベートーヴェン:ピアノソナタ第23番「熱情」

 今回は色んな意味で変態的なプレトニョフが録音した極めてオーソドックスな選曲のベートーヴェン・ピアノソナタ集を取り上げます。


◆ピアノソナタ第14番「月光」

 第一楽章は比較的オーソドックスな演奏ですが、かなり遅めのテンポ設定、雄弁な左手、フレーズの終わりで一瞬ふと立ち止まるようなアゴーギク、少々乱暴とも言える任意の声部の強調の仕方など、やはり普通とは少し違う演奏です。 
 
 第二楽章ですが、レガートと休符の表現やベートーヴェン特有の少々強引・極端な強弱表現を意外なほど几帳面に再現しています。特に中間部の1:07~1:37【この箇所~1:36】の箇所にある「fp」が付いた「レ♭」のさり気ない強調はいかにもプレトニョフらしいものと言えます。

 次はこのソナタのキモと言える第三楽章ですが、基本的には「指が回ってナンボ」のこの楽章でプレトニョフの精緻な指回りが冴え渡っており、まるで打ち込み演奏のように粒の揃った演奏(この事自体が良いか悪いかは別として)をしており、例えば、かなりの奏者が曖昧に弾き流してしまい勝ちな0:09~0:11【この0:15辺り~0:17辺り】の「Ⅳ→増6」の少々イヤらしい音の配列のアルペジオも一音一音ハッキリと演奏しています。
しかし、これは意図的にそうしていると考えられますが、「Presto agitato」の「Presto」は表現していても「agitato(激しく)」の表現が他の奏者に比べて少し弱く、余りに機械的に処理しすぎている感があることは否めません。ただ、メカニックの精度と言う観点から見れば、往年の巨匠によるものから現代の若手テクニシャンによるものまで数多くあり過ぎるほど存在するこの曲の録音の中でもTopクラスに位置するのは確実でしょう。
 ちなみに、冒頭から続く一連のアルペジオの後の和音に付く「sf」の指示は流れの妨げになると判断したのか全てスルーしています。


◆ピアノソナタ第21番「ワルトシュタイン」

 第一楽章は「月光」の最終楽章と同様に速めのテンポを採用して軽やかで粒の揃った打鍵が印象的で、冒頭から始まる「pp」による和音連打の軽快さはさすがの出来ですが、
所々で細部の詰めが甘い箇所があります。例えば第1主題の推移の部分にある左手アルペジオ・0:40~0:46【この0:45~0:47辺り】の明瞭度がかなり低く不満を感じます(再現部の当該箇所にあたる場所【この6:59辺り~】は多少マシですが)。

 第二楽章のなかなか調性が定まらない感のある冒頭では、プレトニョフらしい陰鬱な表現をしつつ徐々に盛り上げながら和声の推移を丁寧に表現しています。ちなみに、第一楽章では和声の推移の表現は余り見られない為に少し平坦な印象を受けるかもしれません。

 第三楽章もお得意の弱音による表現で始まりますが、深めのペダリングのせいでぼやけた印象を受けます(恐らく意図的でしょうが、少しぼやけすぎです)。その後も第一楽章で見られた細部の仕上げの甘さが見られ、この楽章の鬼門と言うべき右手でトリルをしつつ主題を演奏する箇所・0:54~など【この箇所など~】では余りに深すぎるペダリングによって細部が曖昧になる上に所々でトリルが途切れる箇所があったり、
中間部の急速な16分の3連パッセージ・3:22~3:58【この箇所~3:57】における明晰さ、特に左手の箇所が少々曖昧だったりと詰めの甘さが見られます(一般的なレヴェルから見ると決して悪くはなく、むしろ上手い部類に入る演奏ですが、プレトニョフにしては不出来と言って良いレヴェルの演奏でしょう)。
 コーダにあるこの曲の目玉と言える(?)オクターブグリッサンド、8:15~【この辺り~】は多少遅めのテンポ設定ながらも悪くは無い出来と言えます。


◆ピアノソナタ第23番「熱情」

 このCDで最も風変わりな演奏がこの「熱情」です。

 全体的に変わっているんですが特に変わっている箇所を言いますと、第一楽章・提示部にある三つ目の主題(便宜的にこう言います)・2:17~【この箇所~】では、往年の巨匠の演奏に慣れ親しんできた方が聴くと肩透かしを食らう様な素っ気無い表現ですし、
 
その直後の展開部、5連符や6連符のアルペジオが頻出する箇所・3:29【この箇所~】のアッケラカンとした弾きっぷりは、まさに「処理」と言う言葉が適切なもので、殆どの方、特にこの曲に慣れ親しんでいる方ほど違和感を覚えると思います。

 何故これらの箇所を素っ気無く感じるかと言うと、一般的な演奏(と言うとアレですが)よりも急激な強弱の表現、特に一つのフレーズの中での強弱の大きな変化が少ない事もありますが、最も大きな理由は、大抵の奏者が当たり前のようにタメを作ったり「accel.(次第に速く)」してしまう所でも意図的に比較的インテンポで演奏している事によるものだと思われ、上記の2箇所の他にも9:05【この8:35~】から始まる嵐のようなアルペジオが続く箇所でも同様のアプローチが確認できます。

 変奏曲形式の第二楽章はかなり遅めのテンポを採用しており、第2変奏・3:34【この箇所~】では右手アルペジオを消え入りそうなほどの弱音で弾いたりするなどプレトニョフらしさが溢れてはいます。

 第三楽章はダイナミックな強弱表現やこれまでより緩急自在なアゴーギクが随所で見受けられて意外なほど”ベートーヴェンらしい演奏”になっています。特に「Presto」の指示があるコーダ・6:42~【この箇所~】ではコントロールを失ってしまう寸前ギリギリの猛烈に速いテンポで怒涛の如く弾き切っており、特に16分音符の急速なパッセージが休み無く続く7:05~【この7:27辺り~】ではその傾向が顕著で、プレトニョフにしてはとてもラフな演奏と感じる人もいるかもしれませんが、この箇所ではこう言う表現もアリと言う人も少なくないと思います。



 これらの演奏は「知名度の高い曲を演奏する中で、いかに自分の色を出していくか」と言う挑戦の記録のようであり、ベートーヴェンを聴くと言うよりもプレトニョフそのものを聴く為のものと言えると思います。
 そんな訳で、往年の巨匠のベートーヴェン・ピアノソナタを聴いて「やっぱりベートーヴェンはこうでなくっちゃ!」と感じる方達には決してお勧め出来ない内容ではありますが、少し変わったベートーヴェンを聴きたい方にはかなりお勧めだと思います。




【採点】
◆技巧=89.5~87
◆個性、アクの強さ=95
◆ツンデレ度=100