2011年10月7日金曜日

カツァリス 【ショパン:バラード&スケルツォ全集】

今回はシプリアン・カツァリスのショパン・バラスケ全集(左が国内盤、WPCS21075  右は海外盤、Apex・0927495372)です。



 カツァリスと言えば、その超絶技巧を前面に押し出した風変わりでアクの強い演奏が特徴の奏者で、今回取り上げるショパン・バラスケ全集の他にもリスト編:ベートーヴェン交響曲全集の録音などが有名です。

ちなみに、このCDではバラード4曲を纏めて配置した後にスケルツォ4曲を配置しています。


  バラード一番の冒頭、序奏のナポリ和音のアルペジオはかなりの強音で開始されますが途中で急に音量が落ちていく上に、ペダルを余り深く踏み込まずかなり頻繁に踏みかえているようなので少し乾いた印象です(比較的残響が少ない録音なのも影響してるかも)。
 そこから少し進んだ速いパッセージの箇所1:49~【この箇所~】では途中からペダルを殆ど上げて猛烈な速さで弾いたり、4:49&4:51【この4:31辺りと4:33辺り】のオクターブ連打によるフレーズ
を「他の奴ではこんな風には弾けないだろ!」的なノリで(?)有り得ない速度で弾いたりします。この手の演奏はカツァリスのファンの方にはたまらないかもしれませんが、アクの強い演奏が嫌いな方やこれ見よがしな技巧の誇示が嫌いな方には受け付けないかもしれません。あと、5:10~【この4:53辺り~】の右手オクターブでの駆け上がりの最後で顕著に見られるように、フレーズの最終盤で猛烈にテンポを上げて追い込みをかけるのもカツァリスの特徴で、綺麗に「1・2・3~」と拍を刻む演奏が好きな方は違和感を覚えるかもしれません。
 少し先へ進み、コーダでもカツァリスならではの演奏が聴けます。7:56~8:00【この7:38辺り~7:41辺り】の箇所ではこれでもかと言うくらいに最低音の対旋律的なバスの動きを強調していて、
この旋律を浮き立たせるために他のパートの音量を極力下げています(他のパートもちゃんと弾いてはいます)。この手法はカツァリスの代名詞と言えるもので、この曲に限らずどの演奏においても随所で見ら、このCDにおいてはバラードよりもスケルツォにおいて顕著に現れていますが、それはまた後ほど。


  バラード2番は冒頭からの第一主題と第二主題2:15~【この箇所~】の落差が激しい曲ですが、カツァリスも定石通り、もしくはそれ以上に第一主題と第二主題の差を明確に表現していて、特に第二主題のアルペジオに付いている強弱指示の表現を少し大袈裟とも思えるほどしっかりと付けています。
コーダ5:59~【この6:08~】ではお約束通り?に猛烈な速さで弾き切っていますが、コーダ前半の右手パートは2声である上に同音連打が多く、通常のテンポで弾いてもガチャガチャとうるさい演奏なりがちなこの箇所ではさすがにバタバタとせわしない感があります。しかし、コーダ序盤こそ響きがかなり混濁しているものの、それ以降の右手の2声の動きがはっきり聴こえるのはカツァリスならではでしょう(普通のテンポで弾いてる演奏でも聴こえにくい場合が多いですよね)。



  次はバラード3番です。冒頭の掛け合いの表現や、全体としてのバランスのとり方は流石の上手さだと思います(この辺は好みがあるでしょうけど)。

第二主題1:50~【この箇所~】においても横の線の弾き分けの上手さが見られ、
例えば、3:54~【この箇所~】等での速く軽やかなパッセージが求められる箇所における鮮やかな指回りもさる事ながら、複数のパートが複雑に並行して成立している曲・箇所を見通しよく整理して聴かせる事に長けている事もカツァリスの特徴と言え、ポリフォニックな書式がより特徴的な次のバラード4番でもこの能力が遺憾なく発揮されています。


  では、早速バラード4番を見ていきます。冒頭から少し飛んで3:09~【この3:00~】の主題変奏の部分、
多少ネットリとした歌い回しは御愛嬌ですが、各パートのバランスの良さは抜群ですし、この箇所から少し先、6度重音主体のいかにも弾きにくそうな箇所の中盤、変イ長調の箇所5:53~【この箇所~】での軽やかで弾むような表現は、彼の圧倒的な技巧からくる余裕によるものでしょう(左手のトリルも気持ち良い位に決まってます)。
 さらに進んで、コーダ直前のあの「練習曲・作品25-12」みたいなアルペジオ9:18~【この箇所~】では、わりとスタンダードな部分ではありますが、下の楽譜に赤で囲った箇所の動きがよく見え(聴こえ)ます。
で、コーダ10:09~【この箇所~】では当然の如く(?)あちこちの声部が出てきては引っ込んでの繰り返しで、まさにやりたい放題です。しかし、ここでも楽譜を添付してしまうとスケルツォのスペースが無くなってしまいかねないので割愛します…。


 ようやくスケルツォの話に入りますが、ここからは若干駆け足で見て行きます(長くなり過ぎているので)。実を言いますと、カツァリスの演奏家としての気質はバラードよりもスケルツォにこそ合っていて、その表現は以前取り上げたロルティ盤と比較すると奇天烈とすら思えるものです(演奏の傾向が元々大きく違うって言うのも関係してますが)。
 まずスケルツォ一番ですが、序奏直後0:05~【この0:07辺り~】の左手・減7度音程のアクセントの付け方がまず耳に残り、

そのすぐ後の速く軽やかなパッセージも鮮やかに弾きこなしています。ちなみに、言及箇所を確認する為に貼った音源では繰り返しを省略していますが(繰り返す場合には【この0:48辺り~0:07辺りへ戻ります】)、カツァリスは繰り返しを行っています。
 さて、スケルツォは同じフレーズが繰り返し登場するある種の「クドさ」が特徴の一つと言えますが、同じ箇所を毎回同じ様に弾いては冗長な印象を与えてしまいます。で、カツァリスはと言うと、繰り返し時に以下のような事をしています。2:37~【この箇所~】からの箇所はこの曲において2度目の登場ですが、カツァリスは以下の楽譜の赤丸で囲った音を赤線の様に繋ぎ合わせて行き、それらを一つの旋律と見立てて表現しています。
しかし、普通に弾きながらこの旋律を強調させると全体的にうるさくなってしまうので、カツァリスは浮かび上がらせたいパート以外を弱めに弾いて全体のバランスをとっています(なので、余計に聴こえ易くなります。これらの事は複数の声部をコントロールする能力と緻密なペダル操作によって実行できたものと思われます)。
なお、これらの事は同じく3:08~【この箇所~】始まる箇所でも行われていますし、その他の曲でも見られます(長くなったので割愛しますが…)。


 以上、極めて大雑把に見てきましたが、言及した箇所の他にも、例えばスケルツォ二番の急速で幅広いアルペジオや跳躍が聴き所の中間部【特にこの辺りから続く数分続く箇所など】などにおける鮮やかな弾きっぷり等など、カツァリスの超絶技巧とこだわり(と、自己主張)が満載のCDとなっております。
 繰り返しになりますが、カツァリスの癖とも言える「フレーズの終わりでの猛烈な追い込み」や「技巧的難所での不可解とも思えるこれ見よがしなテンポUP」、それらに伴って、所により「1、2、3、4 ~」と杓子定規に拍を表現しない事など、嫌いな人は大嫌いであろう一癖も二癖もある演奏ですので注意が必要ではあります。しかし、一度も聴いた事のない方はためしに聴いてみるだけの価値はあると思います(廉価盤ですし)。


 最後に、最近のカツァリスのCDはこの当時より模範的で穏当なものとなっていますが、その理由が歳をとって丸くなってきたせいなのか、それとも、このCDを録音した頃の様に色々と一工夫出来るような技巧的余裕がなくなったせいなのか(と言っても、普通にメチャクチャ上手いですけど。ちなみに、この頃のカツァリスの演奏が嫌いな方には逆に今のCDの方がお勧めできるかも)、どちらにしてもファンとしては少し寂しくはありますね。

模範的な演奏をつつがなく行う奏者は他にも居ますが、この頃の録音で聴けるような演奏をする(出来る)奏者はカツァリスくらいしかいないんですから。


採点
◆技巧=97~89
◆個性、アクの強さ=100
◆唯一無二度=100