2012年1月2日月曜日

グレムザー 【シューマン:交響的練習曲&幻想曲】



【収録曲】
シューマン:交響的練習曲(遺作変奏を含む)
シューマン:幻想曲

 今回は、以前にペトルーシュカからの3楽章やスクリャービンの幻想ソナタを収録したDVDを取り上げた、ベルント・グレムザーのシューマン作品集を取り上げます。


◆交響的練習曲(遺作変奏含む)

 曲順は以下の様になっています。

主題→練1→遺変1→練2→練3→練4→練5→遺変4→練6→練7→
→遺変3→遺変2→練8→練9→遺変5→練10→練11→終曲

全曲を取り上げると文章が長くなりすぎますので、数曲をピックアップして見て行きたいと思います。


主題
テンポは取り立てて遅くはないものの、間のとり方や装飾音のアルペジオの表現がいかにもヴィルトゥオーゾ的なもので、非常に濃いと言うか、クドい歌い回しになっています。
この濃い(クドい)歌い回しは主題だけに限らず一部の例外を除いてほぼ全曲で聴かれる傾向で、好き嫌いがハッキリの分かれる表現だと思います。

練習曲・1
比較的残響大目の録音でありながらシッカリと分るほどスタッカートとスラーの表現の区別をかなり几帳面に行っています。あと、この練習曲・1では初版を採用しており、0:31~0:35【この1:53~1:55】0:57~1:00【この箇所~2:19】の左手パートが少し違っています(この箇所以外にも最後の方に少し違う箇所があります。ちなみに、リンク先の演奏は初版によるものではありません)。
ちなみに、今までこのブログで取り上げたCDで、練習曲・1において初版を採用してる物はレオナルディ盤ポゴレリチ盤ポリーニ盤です。

遺作変奏・1
この変奏のインターバルの広いアルペジオは意外と音抜けし易いらしく、アグレッシブなテンポで突っ込んでいって見事に音抜けするか(ポリーニとか)、テンポをかなり落として丁寧に演奏(安全運転とも言います)するかのどちらかに分かれますが、グレムザーは速いテンポを採用して強弱表現の幅が広い果敢な演奏をしており、左手のタッチが強い上に残響大目の録音とペダルによる響きの飽和によって多少濁りがあるもののかなりの健闘を見せています。が、最後の最後で明らかな音抜けがあったりします。

練習曲・2
グレムザーの特徴として多声部の処理の巧みさが挙げられますが、これまで見てきた曲でもそうですが、この曲においてもその特徴が遺憾なく発揮されていてそれぞれのパートが良くコントロールされています。
が、楽譜に記されている「espressivo(表情豊かに)」の指示を忠実に守りすぎて(?)、主題で見せた以上に濃厚な歌い回しと振幅の大きな表現が聴かれます。

練習曲・3
速めのテンポを採用している為か少し不自然なテンポの揺れが見られたりするなど細かく見ると所々で多少改善の余地があると思うものの、全般的に見るとかなりの出来です。

練習曲・5
ほぼ全ての音符にスタッカートの指示が付いていて跳ねたリズムが印象的な曲ですが、殆どの箇所で何故か拍の頭の和音を
全て音価通りに8分音符の長さで弾いています。極めて几帳面に全て8分音符の音価を守っている上に直後の休符の表現も的確に行っており、明らかに意図的な行為である事は確かなんですが、どう言う意図でそうしたのかがもう一つよく分かりません。

練習曲・6
極めて速いテンポを採用してるにも関わらず、ムラの無い和音の掴み方、対旋律的なバスの表現、強弱表現、インテンポ感、どれをとっても極めて高レヴェルな仕上がりで、他の奏者の演奏がどれも緩く感じてしまうほどです。
これの比較対象になり得る演奏は私が聴いてきた中ではポゴレリチ盤くらいで、この曲を聴く為だけに本CDを購入しても損は無いと思います。

 ★練習曲・7
和音を強奏する際に一瞬タメを作ったりするなど、かなり癖のある演奏です。特に0:04~0:06【この辺り】0:13~0:15【この辺り】の箇所では内声の「ファ」を強調しており調子っぱずれな印象を受ける他、内声の動きが見えづらくなっています。

練習曲・9
かなり速いテンポを採用しつつも細部まで素晴らしくコントロールされた演奏です。例えばポリーニ盤の回でも言及した内声の「付点8分音符のド♯」・0:14【10:48辺りの箇所】は、
付点8分の音価(音の長さ)よりも長く伸ばしすぎたり、一瞬しか鳴っていなかったりする場合が多いんですが、グレムザーはキッチリと音価通りの長さにコントロールしていますし、ポゴレリチ盤の回で言及した、「右手の分厚い和音の連打」「左手の移動の幅が広いオクターヴ連打」を高速かつスタッカートで同時に処理する箇所・0:17~0:20【10:51~10:55】では、
残響多目の録音で少しワリを食っている事を差し引いても、抜群のキレ、安定感、練習曲・6でも見られたムラの無い和音の鳴らし方を聴く事ができます。
ただ、上記の箇所の直後、左手による装飾音・0:22&0:26【10:57辺り&11:01辺り】を、
一瞬テンポが緩んでしまうほどにハッキリと演奏していて、非常にクドイ印象を受けます。

練習曲・10
内声の細かい動きがキモとなる練習曲ですが、楽譜に記されている「non legato」を
グレムザーは「non legato=レガートでは無い=スタッカートに弾く」と解釈したらしく、内声の動きをまるで親のカタキのように徹底してスタッカートに演奏しており、その表現は緊張感を通り越してユーモラスにすら感じられるほどです。


 以上、交響的練習曲をざっと見てきましたが、特筆すべきは歌い回しやルバートの濃厚な表現と言えます。



幻想曲

 交響的練習でもそうですが、この幻想曲でも技術的な事をドウコウと言う以前に、歌い回しやルバートのクドイ表現(良い様に言えば”ロマンティックな表現”)や癖のあるアーティキュレーション、つまり、巨匠風と言うか、いかにもヴィルトゥオーゾ的な演奏表現が真っ先に耳に付きます。具体的な箇所を挙げますと、例えば、第1楽章の中間部・7:17~【この6:35辺り~】の箇所や
その少し後にある8:30【この箇所~】の箇所では特に顕著に見られますし、
最終楽章においてもその傾向はハッキリと表れています。

技巧的な箇所に少し触れておきますと、初っ端から休符の表現が甘くなっている演奏が多い第二楽章の例の跳躍・7:12【この辺り~】では、
グレムザーはかなり後の所まで音価を良くコントロールしている他、バスだけでなく内声の和音も明瞭に発音させているなど、全般的には肝心な所はシッカリと押えた演奏になっています。



 以上、駆け足で見てきましたが、総合的に見ると、曲によって出来不出来の差が多少あるものの全体的には高レヴェルな演奏で、この演奏を聴いて「下手だ」と言う人はまず居ないと思います。

しかし、それよりも何より、これまでに何度も言及したように、とにかく歌い回しが濃厚でクドイのが特徴で、その点に関しては注意が必要です。
ただ、歌い回しに関しては「楽譜通りにしっかり音を鳴らせているか」や「音抜きをしていないか」等のように客観的な聴き分けが出来るものとは違って、聴く人によってツボと言うか許容範囲の差が大きいのが難点で、「この演奏で丁度良い」と感じる人や「シューマンの演奏はこうでなくっちゃ!」と思う方もいらっしゃるかも知れません。

大雑把な目安としては、キーシンやルガンスキーの演奏を聴いて「うわぁ~、ちょっとクド過ぎる」と感じる方にはまずお勧めはできません。

Naxos価格なので試しに購入してみても損は無いと思いますが。




【採点】
◆技巧=91~82
◆個性、アクの強さ=98
◆感情移入度=99.5