2012年2月3日金曜日

ペライア 【シューマン:交響的練習曲&パピヨン(蝶々)】



【収録曲】
シューマン:交響的練習曲(遺作変奏付き)
シューマン:パピヨン(蝶々)

 バッハ弾きやモーツァルト弾きのイメージも強いですが、非凡なテクニックを持つヴィルトゥオーゾとしても知られるマレイ・ペライアのシューマン作品集を取り上げます。


【交響的練習曲(遺作変奏付き)
 まず曲順ですが、遺作変奏・全5曲を終曲(第12練習曲)の後にまとめており、1番→4番→3番→2番→5番の順に配置しています。

※注 ペライアの40周年記念BOXに入っているCDでは、レコード発売当時と同じ曲順で収録されています。具体的に言いますと、以下の様な曲順です。 練=練習曲、遺変=遺作変奏

主題→練1→遺変3→練2→練3→練4→練5→遺変4→練6→練7→遺変2→遺変5→練8→練9→遺変1→練10→
練11→練12(終曲)


では、数曲をピックアップして少し詳しく見て行こうと思います。


◆主題
  ゆったりとしたテンポで歌い上げる様に演奏する場合が多い中、ペライアはかなり速めのテンポを採用しており、あまりタメを作らずに比較的淡々と進んで行きます。

◆第1練習曲
 主題と同様にこの曲でもかなり淡白な表現に徹しています(と言っても、曲調が曲調だけにどちらも憂いのある表現にはなってますが)。この練習曲の肝と言えるスタッカートとレガートの表現はかなり的確に行っています。

◆第2練習曲
 この曲でペライアは指定の繰り返しを行っていません。まずは繰り返しがどこで指定されているかと言いますと、【この曲の開始時点~3:13】までが前半で【3:14~4:00】が後半です。リンク先の演奏は後半部分のみ繰り返しを行っています。
例えば、繰り返しを行っている他の演奏を見ると、ポリーニ盤では2分52秒、アムラン盤では3分13秒、より遅いテンポのグレムザー盤では3分37秒、極端に遅めのテンポのポゴレリチ盤では4分を超える長さとなっています。
で、ペライアはと言うと、繰り返しを行っていない上に、採用しているテンポがかなり速めなので1分19秒で終了しており全体的に極めてコンパクトな印象です。
個人的には繰り返しは絶対に必要とは思いませんが、この点は人によって意見が異なると思います。

なお、テンポがかなり速いために内声の和音の表現が
少しおざなりと言うか、和音の違い・和声の推移が感じられにくく、ガチャガチャとせわしない印象を強く受けます。

◆第3練習曲
 左手の主旋律をかなり押し出して表現していますが、その表現自体は平坦すぎる感じもします。右手のアルペジオは細かく見るとモタつく所も少し見受けられるものの、精巧さ・安定感はかなりハイレヴェルなものと言えそうです。

◆第4練習曲
 この曲は右手が先行して主題を演奏して左手が後から追いかけていくカノン風の練習曲ですが、楽譜に書かれている「sf(スフォルツァンド=その音を強く)」の表現が殆どスルーされている為に、
フレーズ感が極めて不明瞭で、ただたんに次々と和音が鳴っているだけの様な表現になってしまっています。さらに曲の最後辺り、0:51から【6:23~】は休符を全く無視して演奏しており締りの無い弛緩した演奏になってしまっています(この曲は上に添付した楽譜の様に、殆どの箇所で八分音符の和音の後に八分休符が書かれています)。

この演奏は曲集の中で突出して悪い出来の演奏と言えます。

◆第6練習曲
 若干遅めのテンポ設定で極めて丁寧に演奏してはいますが、「Agitato」の指示がある曲にしては微温的な表現であり、キレも感じられずかなりモッサリとした印象を受けます。

◆第7練習曲
 この曲では主に内声に現れる半音階的な動きの表現が重要ですが、
これらの動きが不明瞭で見えづらい(認識しにくい)演奏をする奏者も少なくない中で(例えばアムランとか)、ペライアは非常に堅実で丁寧な表現をしています。その他にも、曲の最終盤にある少し長めの左手オクターブ連打、0:36~0:42【この箇所~8:25】&1:01~最後【この箇所~8:51】
における安定感と的確な強弱表現は少し地味ですが特筆すべき点だと思います。

◆第12練習曲(終曲)
 この曲でも良心的(?)で丁寧な演奏を行っており、例えば、1:33【この箇所辺り~】からの箇所などで見られる前打音絡みの素早い同音連打を含むフレーズは
大抵の奏者が弾きにくそうに弾いたり前打音を不明瞭に弾き飛ばしていたりする中で、ペライアは少し安全運転気味な感じはするものの、とても明瞭に表現しています。
 ただ、1:02~1:11【この箇所~15:00】における最低音の同音連打の箇所では
丁寧ではあるものの不自然なまでにグッとテンポを落として弾いており、もはや「安全運転」を通り越し、ビビりながら弾いてるようにすら感じられます(リンク先の音源も似た様な演奏です)。中間辺りにもこの箇所と同じ様な箇所、3:28~3:37【この箇所~17:23】があるんですが、
こちらは最初の箇所とは違って左手が同音連打のみに集中出来るのでスムーズに演奏できそうではあるんですが、最初の箇所と同じ様にスローなテンポで演奏しています(恐らくテンポの整合性を考慮しての事だと思われます)。

◆遺作変奏1番
 この曲ではかなり速いテンポを採用しており颯爽と弾き切っています。所々でカスりや音抜けのような箇所があるんですが(この曲の録音ではわりと普通の事ですが…)、アルペジオ自体は基本的にかなりの弱音で弾いている為に余り目立たなくなっています。



 以上、かなり駆け足で見てきましたが、基本的には全曲を通して安定した堅実な演奏をしており明らかな瑕疵などは余り見受けられません。
 実際問題として、この交響的練習曲やショパンのエチュード集の様に色んな奏法が盛りだくさんに次々と現れる作品集においては、どうしても出来不出来の差がハッキリと出てくる場合が多いんですが、ペライアの演奏は他の奏者に比べて安定感があり、減点法で見た場合はかなりの高レヴェルな仕上がりと言えます。
 しかし、「突出した何か」を求めた場合、強烈なインパクトに欠ける印象がある事も事実です。例えば声部(パート)ごとの弾き分けの点を見ても、それ自体は非常に的確にこなしているんですが、意表をつく様な大胆な強調なども見られず少し平凡な印象を受けます。

良い様に言えば「バランスの取れた癖の無い演奏」と言えますが、「もう一つインパクトに欠けるアピール力の無い演奏」と言えるかも知れません。



【蝶々(パピヨン)】
 交響的練習曲で字数を使いすぎたので大雑把な総評のみとしますが(このブログ的な観点からは扱いづらい曲集でもありますので…)、ペライアはこの曲集でも丁寧な演奏をしています。元々メカニックが優れた奏者なので【このアルペジオ】【この速めのパッセージ】や直後の和音連打、【この左手の地味に幅広いアルペジオの安定性とニュアンスの付け方】【この地味にテンポが速い上にコッソリと重音もあったりして滑らかさに欠ける演奏もたまに見受けられる箇所】でも、ペライアは基本的なメカニックの高さを活かして苦労を感じさせずに当然の様にサラッと弾いていきます。
例えるなら、いかにもヴィルトゥオーゾ的なガヴリーロフの同曲演奏が剛ならばペライアの演奏は柔と言え、技巧面ではお互いに遜色の無いレヴェルですが、ペライアは全編に亘って大袈裟な演奏表現は控える傾向にあります。

実を言うとこの「情感過多になるほどの大袈裟な演奏表現は避けてスマートに弾く」と言う点こそが本盤の最大の特徴と言えるかもしれません。
このブログでは「歌い回し」や「ルバートのセンス」などの点については個々人の好みの差が極めて大きいので基本的に極力触れずにいるんですが(明らかにクド過ぎる場合は除く)、敢えてその点に関して言及すれば、本盤で聴けるペライアの演奏は「歌心は適度に感じさせつつも、清潔感に溢れたスタイリッシュな演奏」と言えると思います。


この「バランスの取れたスタイリッシュな演奏」はシューマンが苦手な方にはお勧めかもしれませんし、
ピアノ学習者の方がこれらの曲を弾く際の参考にする音源としても変な癖がないので悪くない選択肢だと思います(反面教師的な扱いなら別かもしれませんが、間違ってもポゴレリチ盤などはお勧めできませんからね)。






【採点】
◆技巧=88.5
◆個性、アクの強さ=60
◆ジャケットのセンス=???